【駅メロ とわずがたり 22】近鉄奈良駅 河島英五「第2の故郷」のカフェ 藤澤志穂子


 京都駅から特急で30分あまり、近鉄奈良駅を降り、奈良国立博物館の方へ向かうバスに乗るとアナウンスが流れた。「『酒と泪(なみだ)と男と女』の河島英五さんの家族が経営する『TEN.TEN.CAFE』=写真=は、東大寺に隣接する『夢風ひろば』にあります」。河島さん(1952~2001)は大阪出身だが、墓は奈良市内の寺にある。

 奈良は河島さんにとって「憧れの地」であった。大阪で町工場を営む家に生まれ、奈良県と大阪府の境に位置する生駒山を見上げて育った河島さん。「人が多い、ごちゃごちゃした大阪で育った反動か、生前はよく旅に出ていました。暇さえあれば東北や北海道をオートバイでツーリングしたり、中南米やシルクロードを放浪したり。その影響か、自然豊かで、石舞台古墳など史跡があり、ゆったりした時間の流れる奈良が好きでした。『海外に行くと、いちばん日本らしい風景が奈良だと気づく』と言っていました」。生前の河島さんは海外旅行から帰ると、バイクで奈良の明日香路やいかるがの里に足をのばしていた。「青々とした水田や金色の稲穂をみつめていると、本当に『ほっ』とする。これこそ『心の原風景』」とエッセイ集「ほろ酔いで夢見れば」(栄光出版社)につづっている。

 カフェの名前は、長女あみるさんの長男で、初孫に当たる天夢(てん)くんの名前から。前身は、生前の河島さんが大阪中心部の繁華街、法善寺横丁で経営していたイタリアンレストラン。妻の牧子さんの実家の店を引き継いだもので、JR桃谷駅の近くで経営していたライブハウス「Bee House」同様、若いミュージシャンの卵たちのたまり場になっていた。残念ながら河島さん没後の2002年の周辺の火事で焼失、家族は河島さんの墓がある奈良への移転を決めた。さらに現在の場所に移り10年ほどになる。「偶然ですがまだここが資材置き場だった頃、生前の父と母が来て『こんな場所でお店やりたいね』と話していた場所でした」。

 東大寺や興福寺などの観光地に隣接するカフェには、ひっきりなしに観光客が訪れる。河島英五ファンばかりでもないようだ。店内には生前の河島さんの写真、乗っていたオートバイに着ていた衣装などの遺品が飾られている。法善寺横丁の店で河島さんが描いた壁画が、修復されて展示されてもいる。アフガニスタンで見たラクダなどを墨で描いたもので、火災ですすだらけになっていたのを、奈良大学の研究室の協力で修復した。

 家族にとって河島さんは、「亡くなった気がしない、今もどこかを旅している」(翔馬さん)、感覚なのだという。「ツアーや旅ばかりで、自宅には年に10日もいない、なんてこともありましたし。本人も自分が死んだとは思ってないかもしれません」。

 ※元産経新聞経済部記者、メディア・コンサルタント、大学研究員。「乗り鉄」から鉄道研究家への道を目指している。著書に「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」(世界文化社)など。


 
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