――2024年の宿泊業界を振り返って。
宿泊観光業界は、コロナ禍というフェーズを終え、新たな産業発展を目指すフェーズに入ったと言えるが、コロナの傷跡は財務面も含めていまだに残っているのも事実であり、今後も引き続きその点を踏まえ、進むべき方向性を考えていくことが必要だ。
私は宿を経営する中で「日本の宿には文化がある。今を生きるわれわれはその文化を守り、発展させ、そして次世代に継承していく義務がある」との思いを強くした。そのためにも、宿泊観光産業を国の基幹産業にし、宿を核とした地方創生を実現し、そして何より宿泊観光産業の地位向上を図っていくことが必要だ。
この点については、23年2月の衆議院予算委員会公聴会における公述人として出席させていただいた際にも、その決意を表明した。
ほかにも自民党観光産業振興議員連盟の場、観光庁をはじめとする関係省庁の方々との意見交換の場など、ありとあらゆる場でその思いをお伝えした。
その結果、今や政治、行政の多くの関係者が、観光立国を目指していく中での宿泊観光産業の重要性を認識し、わが業界、そして全旅連に対して大きな期待を寄せている。
――24年は年初に石川県で能登半島地震が発生。全旅連も対応に追われた。
和倉温泉や輪島をはじめとして、多くの旅館・ホテルが被災をした。
発生直後から、全旅連本部事務局を含めた多くの関係者が正月休み返上で頑張り、私自身も上京し、陣頭指揮を執るとともに、政治、行政の関係者と膝詰めで協議した。
岸田文雄首相(当時)の指示を受け、本部事務局は、青年部や都道府県事務局と連携して避難者受け入れのための宿泊施設確保に奔走し、わずか3日で1万人分を超える部屋を確保し、このことには観光庁長官から直接謝意を表明いただいた。
いまだ復旧・復興の道半ばではあるものの、2次避難者の宿利用基準額の7千円から1万円への引き上げ、なりわい再建支援事業、北陸応援割など、必要な支援を実現することができた。
――深刻化する人手不足対応も尽力した。
この問題に関しては、外国人労働者の受け入れが必要不可欠だ。全旅連は観光庁とも連携しつつ、特定技能、技能実習の試験事務を担う一般社団法人宿泊業技能試験センターの取り組みを支援している。全旅連として、外国人材を求める宿泊施設と一緒にインドネシア、インド、ネパール、スリランカなどに赴き、日本での就職を希望する現地の人々に対して、日本の旅館・ホテルで働くことの魅力を紹介するセミナーやマッチングイベントを行った。
――「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産登録に向けて、宿泊観光業界挙げて活動を進めている。その推進団体「『温泉文化』ユネスコ無形文化遺産全国推進協議会」は全旅連が事務局を担っている。
私は協議会の会長代行という立場で運動に関わっている。日本の宿は世界の中でも独自の文化的価値がある。インバウンドの誘致を進める中で、その価値を世界にさらにアピールする意味でも無形文化遺産への登録は意義あることだ。
100万筆の署名を集める運動を行っており、署名の第1号を2月の「宿フェス」で菅義偉元首相に行ってもらった。現在も都道府県旅館ホテル組合を含めて、さまざまな団体と連携して取り組んでいる。
――25年の業界展望と、全旅連の事業について。
世界経済の大きな変調や、新たな感染症の発生などがない限りは、インバウンドはこのまま好調に推移するのではないか。
国内観光も、円安が続く限りはなかなか日本人が海外旅行に出掛けることが難しく、これはこれで国として大きな問題ではあるが、代わりに国内観光に出掛ける人も多いのではないか。
われわれ宿泊観光業界を取り巻く環境が追い風なのは間違いなく、この中で宿泊観光産業として収益性、生産性を高め、いかに稼げる産業にするか。地域としても面的再生を進め、いかにそれぞれの地域がこれまで大切に継承してきたお祭り、伝統芸能、歴史的建造物や街並みなどの地域固有の価値を持続可能にしていくか、などといったことが重要だ。
しかしながら、今、地域固有の価値がどんどん失われている。そのため、「宿を核とした地方創生の実現」を事業の大きな柱に掲げる全旅連が、地域に対する責任を果たすためにも、地域固有の価値を持続可能にする仕組みを新たに導入していきたいと考えている。
具体的には、宿泊客から寄付金をお預かりし、自然保護、歴史・文化の保全などに充て、地域社会の持続可能性を高めるといった制度を導入できないか検討をする。
災害時には、宿泊施設の被害や宿泊客の安否の状況、被災者受け入れのための提供可能な宿泊施設の部屋数などの情報の速やかな提供が求められる。
こうした中、各宿泊施設や都道府県組合が行政と情報を報告・共有できる「災害時連携システム」を整備してまいりたい。
――年頭に当たり、旅館・ホテル経営者に一言。
「1日1日、1軒1軒の宿が、お客さまを最高のおもてなしでお迎えし、世界に唯一の宿文化を存分に体験いただき、宿泊した宿を愛し、そしてその地域を愛してもらう」という当たり前のことをやっていく。その先に、宿泊観光産業の明るい未来があると思う。
最後に、6月17日には東京のホテルニューオータニで第103回全国大会を開催する。詳細はこれから詰めるが、ある一定のテーマのもとで、今までわれわれの業界をけん引してくれた諸先輩をはじめ、多くの方にお声掛けをして開催しようと考えている。ぜひ、多くの方のご参加をいただきたい。
全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会会長 井上善博氏