新しい年、2025年が明けた。昨年の旅行業界は国内旅行が一定の回復をみせ、インバウンドが絶好調、海外旅行は回復しつつもかつての状況とは程遠い、というのがおおまかな流れだった。今年は国内旅行の一層の回復が期待される中で、国家的なビッグイベント「大阪・関西万博」が4月に開幕。その波及効果に業界関係者は大きな期待を寄せている。本紙恒例の旅行業大手4社トップ座談会では、今年1年間の旅行業界全体と自社の動き、今後の旅行業の在り方、さらには旅館・ホテルなど協定施設との関係について語っていただいた。
(東京・芝の「とうふ屋うかい」で。JTBの山北社長は紙上参加)
出席者 JTB社長 山北栄二郎氏
KNT-CTホールディングス社長 小山佳延氏
日本旅行社長 小谷野悦光氏
司会 本社取締役編集長・森田 淳
――(司会)2024年の旅行業界と自社の振り返りを。
小山 まず、本題に入る前に、一昨年に当社グループのコロナ関連の業務で多大なご迷惑をおかけしたことに、改めてお詫びを申し上げたい。世間の皆さまだけでなく、業界の皆さまに相当なダメージを与えてしまったことについて、深く反省し、再発防止に努めている。
昨年1年間の旅行業界については、国内旅行は全国旅行支援などの割引施策がなくなったことなどで、少し落ち着いた感じの1年だった。マーケット全体としては横ばいというのが実感だ。
一方で、さまざまな課題を突き付けられた1年でもあった。特に自然災害。元日に起きた能登の地震や、夏のノロノロ台風、南海トラフの注意情報など。われわれがかつて経験したことがない事態が起きて、対応に追われた。
「2024年問題」ということで、バスのドライバー不足が深刻化した1年でもあった。
インバウンドの増加やAIを使ったダイナミックプライシングの採用もあり、都市部を中心に宿泊価格が上昇したことは、国内のお客さまにとってマイナス材料かもしれない。ただ、当社の添乗員付きパッケージツアーについては、列車や航空機利用のツアーがコロナ前の水準に戻りつつある。
一方、バスツアーは先ほどの2024年問題の影響もあり、コロナ前の半分程度しか戻っていない。
マイナスの面ばかり申し上げたが、プラスの面ではインバウンドの増加。われわれにとっても宿泊販売など大きなプラスになっている。
3月の北陸新幹線の敦賀延伸効果は確実にあった。花火や祭りなど、夏の催事のツアーもようやくコロナ前に戻った。
団体旅行は企業業績の回復により、需要が戻りつつあるという実感がある。特徴として、企業MICEが大型化している。当社はスポーツビジネスにも力を入れているが、パリオリンピックや東京マラソンにより活況を呈したところもある。
教育旅行はやはり2024年問題により、貸し切りバスの手配に苦心した。バス以外の交通機関の活用や、仕向け地や時期の集中を緩和するなども今後の検討材料になるのだろう。
先に発表した中計(中期経営計画)で、今後の強化ポイントとして三つを掲げている。訪日、地域共創、個人旅行だ。個人旅行はクラブツーリズムを軸とした一体的運営に変えていこうと考えている。
小山氏
小谷野 はじめに、昨年、当社グループ企業をはじめ旅行大手各社が受けた排除措置命令について、お詫びをしなければならない。二度と引き起こすことのないよう、社内はもちろん、業界全体で改革に取り組んでいることを冒頭申し上げたい。
昨年を振り返ると、国内においては、1月1日の能登半島地震や8月の南海トラフ臨時情報等の災害。加えて、能登は9月にも集中豪雨で大きな被害を受けたり、夏の猛暑も長く続いたり、これまで経験したことがないような異常気象が続いている。人と自然との向き合い方が変化していく状況で、お客さまの旅行に関わる時期的な動向も大きく変えていかざるを得ないところまで来ている。歳時記的な営みや、夏休みだから旅行をしようという定番意識はなかなか変わりにくいものだが、新しい環境に合わせた新しい消費行動を促すような提案が必要なのだと感じている。
一方、世界とのつながりに目を向けると、特に日本と海外の物価の違い。交流の乏しかったコロナ禍で表面化しなかった他国との差分が、ここに来て一気に出てきた感じだ。お値打ちな選択を続けてきた国内の消費マインドから反転し、海外からのお客さまに選ばれるためには、価格が高くとも、満足度が高く付加価値のある滞在を提供するという意識の変化が求められるのだと思う。
自社としては、持続可能な旅行業を見据えたサステナブルツーリズムに注力した。旅行の移動によって発生する二酸化炭素をオフセット(相殺)するカーボンオフセット型商品を数年前から販売しているが、昨年は日産自動車と共同発起人となり、環境に優しい新しい旅のスタイルの普及を目指す「グリーンジャーニー推進委員会」を発足させた。二酸化炭素排出量が少ない鉄道やEV(電気自動車)での移動、環境に優しい取り組みを行う宿泊施設を利用するツアーを造成しており、第1弾として熊本・阿蘇、伊勢志摩の各方面で設定した。今後、参画地域は全国規模でさらに拡大する。
小谷野氏
百木田 まず、皆さまがお話しされた通り、旅行業界として、そして当社としても、コンプライアンスがベースにあり、その上に収入があるということは間違いはなく、私どもはそのことを肝に銘じて、再発防止に力を入れた1年だったということを申し上げたい。
昨年1年間については、概況的には国内とインバウンドが好調に推移して、海外だけが取り残されているという状況。
企業の動きがかなり活発化している。大型の案件が動き出したのは間違いない。本来であればインセンティブ旅行を海外で行いたいが、円安や燃油サーチャージによる航空運賃の高止まり、現地の物価高、国際情勢などがあり、海外へなかなか踏み切れないものが国内にシフトしている状況が間違いなくある。
教育旅行も完全に戻ったと言える。
これらのことから昨年1年間は総じて前年を大きく上回ったという状況だ。
ただ、そのような中でも1月1日の能登半島地震の影響は非常に大きかったし、その後の豪雨災害も含めて自然災害の影響が大きかった。弊社は災害に関しては、復旧作業員や保険の査定員の方々の宿泊先の確保、輸送手配などの緊急支援を行った。
旅行と旅行以外の事業のバランスをどう取るか、ということに注力した1年でもあった。感染症対策事業が3月で終わり、その後をどうするか。
一つのトピックスとして、一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームと連携した「地域みらい留学」がある。都会の中学生たちに、地方の公立高校へ留学してもらうプログラムだ。全国110の自治体が参画し、今年は800人以上、累計で3100人が進学している。過疎地の高校で廃校の危機にあったところがこの事業により復活している。
われわれは地域というものを大事にしている。日本が元気になるには、地域が元気にならなければいけない。過疎化や高齢化が進み、破綻しそうになっている地方の財政をどう立て直すか。その意味でもこのプログラムは意義あるもので、成功事例を増やせるかどうかが地域を活性化させる上での一つの試金石になる。
デジタルを活用したビジネスも活気づいてきた。NFT(非代替性トークン)を活用したデジタル住民票を2023年から販売しているが、これが当たっている。販売開始からわずか1分で全国から注文が殺到し、販売総数千個に対して1万3千個以上の申し込みがあった。現状、売り上げ全体に大きく裨益(ひえき)しているわけではないが、地域に人の流れをつくる布石を打ったという意味で効果があったと思う。
このほか山形県西川町のカヌーセンターのネーミングライツNFTの販売、東京都墨田区や大阪府大阪狭山市などとの災害時連携協定、クルーズの専門部署の開設などが当社の取り組みとして目立ったところだ。
百木田氏
小山 従来の「発」の視点で見ていた旅行事業を、インバウンドも含めて「着」の視点で見ていかなければ今後は成り立たなくなるのではないか。決して発を軽視するわけではないが、着地の目線で地域の課題をしっかりと解決できるような会社でないと、これからは生き残れない。その意味でも、地域共創事業に関しては、われわれは成長領域としてさらに力を入れる。成功事例をつくり、横展開するというのが今後の動きだ。
小谷野 当社のJR西日本グループ企業という立ち位置もあり、従来より西のエリアでの取り組みを意識して行っている。例えば、福井県と当社含むJR西日本グループとで、訪日旅行者誘客促進等に関する連携協定を結ぶなど大きな枠組みでの連携が加速している。
地方創生は国を挙げて推進する事業であり、各社の目指す方向も同じだろうが、それぞれの得意領域を生かし、地域にどのような貢献ができるか、ということだろう。
山北 排除措置命令についてお客さま、お取引先の皆さまならびに関係する皆さまに多大なご心配、ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。コンプライアンスは全ての基本であり、全てに優先するのだということを改めて社員に徹底した1年でもあった。また、当社が企画・実施したツアーで発生させてしまったバス事故を真摯(しんし)に受け止め、徹底した安全対策への取り組み、お客さまの安全と安心を最優先に努めていくことも改めて確認した。
旅行需要は、国内旅行がコロナ前に近い状況に戻り、第三国間のグローバル旅行は、東アジアから欧州への旅行が好調で欧州・米国・アジアにおけるグローバル領域は顕著に伸長した。訪日旅行も円安の追い風を受け欧米市場を中心に増加した一方で、海外旅行は依然として緩やかな回復にとどまっている。
ビジネスモデルの変革と進化に向け、昨年は「未来から現在(いま)を創る」をテーマとし、経営の根幹となる長期ビジョンを策定し、バックキャストでの経営を推進した。デジタル化が大きく進み、AI(人工知能)も劇的に進化をしている中で、これらのテクノロジーをどう使い、旅行業の仕組みを変革させていくか、旅を含めたさまざまなソリューションを模索した1年だった。
人手不足が課題である宿泊事業者からのニーズの高まりもあり、DX・生産性向上に向けたソリューションとして「Kotozna In―room」や、宿泊事業者向けのデジタル化支援システム「JTBデータコネクトHUB」の導入施設数・客室数が大幅に増加した。観光事業者向けソリューション分野においては、「Tourism Platform Gateway(TPG)」の実装案件の導入数も過去最高となった。
山北氏
――震災の被害を受けた能登地域には、各社がさまざまな形で支援を行っていると思う。
小山 近鉄グループ各社から義援金を送ったり、被災地のお子さんへの支援として学習用パソコンを寄贈した。旅行会社としては多くの送客をすることが一番の支援になるが、それは復興の段階で本格的に行うことになる。北陸全体については、しっかりと送客を続けるというのが会社の大方針だ。
私も地震後の和倉温泉を見た。相当な被害を受けたことは間違いないが、一部の旅館では営業再開に向けた動きが出始めており、一歩進んだ状況にはなっているようだ。旅館をはじめ地域の方々は、その土地に根付いて商売をしなければならない。その土地から逃げられないのだ。そのような覚悟のようなものを目の当たりにして、われわれとしては短期的ではなく、長期的にしっかりお支えする、今までお世話になってきたご恩を返さなければならないという思いを持っている。これは旅行業界全体の思いだと思う。
小谷野 当社では実家が被災したという社員もかなりいる。
地震による直接被害がないものの、風評被害を受けた地域も多くあり、直後より海外向けの誘客用プロモーション映像を制作するなど、送客を目的としたサポートを続けている。直接の被害を受けた地域には長期的で必要とされるさまざまなサポートを続けていく。被害を受けた奥能登の高校生を支援するプロジェクトを立ち上げたり、旅をすることで被災地応援につながる「今行ける能登」のツアーも催行している。
百木田 われわれも含めて各社が義援金を送っているが、今回の被害はその規模ではない。建て直さなければならない旅館・ホテルがある。私も現地入りし、和倉温泉の方に案内をしていただいたが、護岸壁が全てなぎ倒されていた。その復旧が先で、陸地の復旧はその後だという。心が痛んだが、われわれとしては、まずは現状を理解することから始めなければならないと思った。当社は七尾に支店があり、小谷野さんがおっしゃるように、実家や自宅がつぶれたという社員がかなりいる。社員は「この先、仕事をやっていけるのだろうか」と、すごく不安を抱えていた。施設さまはもちろんだが、被害を受けた社員にも手を差し伸ばさなければならないと強く思った。
山北 全国で予定していた会合の開催地を北陸へ積極的に移した。JTBグループ最大規模の社員表彰式「ALL JTB AWARD」を、東京以外で初めて石川県で開催した。能登半島地震の復興支援として金沢を開催地に選び、式には国内外のグループ社員400名が出席した。国や石川県の委託で被災事業者支援に取り組んできた金沢支店の社員から「早い復旧に向けてできることを一緒に考えてほしい」というメッセージ発信や寄付を行った。交流を復活させる支援として「日本の旬」キャンペーンを北陸で実施した。都内では震災による被害を忘れず、地域の祭りも含めた伝統文化継承の足掛けとなるイベントを開催した。これからも息の長い取り組みを進めていかなければならない。
――新しい年、2025年の業界展望と、それを踏まえた自社の取り組みについて。大きな話題として「大阪・関西万博」がある。
会員向け記事です。