来たるべき未来を見据え、変わり始める日本の旅館
数年間にわたる激動のコロナ禍を乗り越えた日本の宿泊業界。新たな旅のスタイルや価値観の変化に向き合うことが求められる中、同時に観光客の都市集中や地方過疎化、人手不足や後継者育成、賃金上昇に向けた利益確保など、旅館・ホテルの経営者が取り組むべき課題は山積している。今回の企画では、宿泊業のさらなる活性化に向けて果敢に取り組んでいる旅館・ホテルの経営者5氏にお集まりいただき、コロナ禍に実施した経営改革や利益確保への道筋、新たな取り組みへの挑戦、そして将来への経営ビジョンなどについて語ってもらった。(東京の観光経済新聞社で。司会=本社編集長・森田淳)
コロナ後の旅館の「今」
――まず、自己紹介を兼ねてそれぞれの自館の特徴、経営の現状について伺いたい。
佐藤 山形県内で「日本の宿 古窯」「萬国屋」「黒沢温泉悠湯の郷ゆさ」「おやど森の音」などの旅館経営に加え、グランピング施設「yamagata glam」や「山形プリン」などのスイーツ専門店、清掃委託会社なども展開している。地域に根差し、観光や地元産業を支える拠点として、各事業所がそれぞれ個性を発揮しながら連携して運営している。このほか「経営の見える化」も進めており、グループ全体で成長を実感できるような体制を整えている。
私は、旅館業は「地方創生業」だと認識している。地方では人口減少が大きな課題となっており、山形県も2050年には人口が半減することが予想されている。旅館業として今後地方で生き残っていくためには人材確保が重要であり、そのために魅力的な職場作りを行っている。
関口 私はホテル学校を卒業後、ホテルオークラでホテルマンを3年半経験。その後湯元舘(滋賀県・おごと温泉)でお世話になり、30歳の時に伊香保温泉に戻った。4年前からは渋川伊香保観光協会の会長を引き受け、街づくりや観光活性化にも取り組んでいる。
伊香保温泉では小規模旅館を経営。メインとなる「お宿玉樹」をはじめ、宿泊特化型の「Stay View IKAHO」、24年11月末にオープンした「楓と樹(ふうとき)」など、現在3施設を抱えている。これに加え、渋川市から買い取った日帰り入浴施設を運営しているほか、伊香保名物「水沢うどん」を提供する料亭「水澤亭」も展開している。渋川市の発展に貢献するため、各事業は基本的には市内のみで運営していく方針だ。
渡邉 愛知、三重、富山、愛媛、山梨の5県で全17の旅館を展開する海栄RYOKANSグループを運営しており、源氏香はそのうちの1施設。17館のうち、私は現在10館を統括している。
当グループは私の父が起業した旅館業が発祥で、私自身は25歳で旅館に戻った。さまざまな形態の旅館を運営しており、進出エリアも多岐にわたる。一つの地域にとどまらない半面、各施設の支配人と地域がどのように連携していくかをグループ全体で考えながら取り組んでいる。
当グループは、旅館としては今年で創業43年。歴史が浅いからこそできることを各施設で実践し、奏功すれば複数施設に横展開していくなど、旅館業でも最先端の取り組みを行っている。旅館業には、「変えてはならないもの」と「変えていくべきもの」があると考えており、われわれは後者を推進している。特にスタッフの平均年収を上げることは「いの一番」だ。賃金上昇には借金も辞さない考えでいる。
また、必ず月に1回は各施設で開かれる勉強会に参加し、旅館運営の成功事例などを勉強している。全旅連青年部や日本旅館協会の活動にも参加し、そこで得たものを各施設に共有している。
小野 綿善旅館の1施設のみを運営している。私は小学校高学年のころから手伝いをするなどしていた。大学卒業後は三井住友銀行に入行し、3年間融資業務を担当。その後旅館に戻り、アルバイトで経験を積んだ上で2015年に若女将に、19年には代替わりで女将に就任した。現在は夫との共同代表として経営を行っている。
当館は全27室の小規模経営だが、錦市場から徒歩3分という好立地にも助けられ、順調に経営している。創業は1830年と歴史は古いが、当館でも「(旅館として)守らないといけないもの」に固執せず、あらゆる方面で型破りな取り組みを推進している。
その代表例が、稼働率重視経営からの脱却だ。父の代までは稼働率第一主義だったが、私が代替わりをしたことを機にサービス重視へと方針転換した。「本質的な旅館とは何か」と考えたとき、高いおもてなしの心を持ったスタッフが活躍できるような旅館にしたいという考えがあった。今は当時の約1・5倍の単価で利益率や生産性の向上を実現した。
このほか、休暇制度の見直しや副業の許可なども実施。外国籍のスタッフも増えているが、彼らが母国に帰省する際のことも考慮し、スタッフ全員が最低1週間の連続休暇をとれる仕組みづくりも整備している。副業活動で長期休暇を利用するスタッフもいる。かなり好評で、求職者も増加傾向にある。
京都はインバウンドのお客さまが多く、自国の言葉が通じる旅館の満足度は非常に高い。当館のスタッフも日本語と母国語の両方に対応できるスタッフが多く在籍しており、実際に多くのお客さまに喜んでいただいている。
金井 有馬温泉は国内でも非常に古い温泉地で、「日本三名泉」「日本三古泉」の一つと言われている。当館は創業70年ほど。母体が金属加工メーカーという、温泉旅館としては珍しい経営体制となっている。
私は大学卒業後、3年ほどアメリカに留学してMBAを取得。その後東京の商社で2年ほど修業し、金井ホールディングスに入社。採用や人事などの業務を担当した後に組織開発などにも参画。2023年7月に古泉閣の代表取締役社長に就任した。
当館の特徴としては、6万坪程度の広い土地と、有馬でも珍しい自家源泉を所有している点だ。敷地内には有馬唯一のログハウス「The Lodge Arima Resort」11棟が旅館に隣接しているほか、夏にはプールも併設営業する。シーズン問わず、高い稼働率を確保できている。
経営状況については、コロナ前の状態には完全に戻っていないものの、インバウンドの宿泊客の比率が30~35%程度に上昇していることもあり、なんとか損益分岐点売上高を維持している状態だ。今年は大阪万博も開催される。有馬という微妙で絶妙な距離感の温泉街でどこまで需要があるか分からないが、インバウンドを含めて、顧客を取り込んでいきたいと考える。
改革は地域や社員とともに
――近年力を入れている取り組みと、その成果について伺いたい。
会員向け記事です。