旅行予約はOTAの時代になった。国内OTAの足元の業績は伸びている。ただ、安閑としてはいられない。インバウンド誘客力とAIテクノロジーで圧倒的な力を持つ外資OTAが国内市場のパイを奪い続けているからだ。国内客の海外旅行需要も戻っていない。それぞれが属する企業グループの得意分野を生かして国内宿泊施設に寄り添う各国内OTAのトップに現状と今後の方向性を聞いた。(東京都中央区のロイヤルパークホテルで)
【出席者(順不同)】
池口篤志氏 JTB 執行役員 Web販売事業部長
榊 淳氏 一休 代表取締役社長
大野雅矢氏 リクルート Division統括部 VicePresident SaaS領域担当 旅行Division
髙野芳行氏 楽天グループ 常務執行役員 トラベル&モビリティ事業 ヴァイスプレジデント
司会=kankokeizai.com 編集長 江口英一
――2024年はどのような年でしたか。JTBの池口さんから。
池口 24年のJTBのオンライン販売における国内マーケットは前年プラス10%ほどの微増だった。23年は前年プラス20~40%だったのだが、コロナ禍のリベンジ消費が落ち着いたと分析している。一方でインバウンドは非常に伸長しており、19年実績を大きく超えた。サイトのUI改善は継続的に行っており、加えて24年は「るるぶトラベル」のアプリをローンチした。具体的には、4月にアンドロイド版、11月にiPhone版をリリースした。
るるぶトラベルは国内旅行に限定したサイトとして運営してきたが、1月から海外ホテルの予約も開始する。より広いお客さまにご利用いただくことで、国内旅行にも良い影響があると考えている。
JTBグループでは、旅行業だけにとらわれない「交流創造事業」を推進している。24年は、全国各地域の方々と連携したデスティネーションのプロモーションやインバウンド誘客などを再開し、コロナ禍前のように連携を活発化させていただいた1年だった。
池口氏
――インバウンドが伸びているというのは、JTBのインバウンドサイトであるJAPANiCAN.com(ジャパニカン)の取扱額が増えているという意味か。
池口 ジャパニカンも伸びているし、Agoda(アゴダ)やTrip.com(トリップ・ドットコム)などの提携パートナー経由での客室販売も伸びている。中国本土からのお客さまは6月ごろから日本への訪問を本格的に再開したように見られた。
――JTBはアゴダとは宿泊在庫連携とシステム開発連携、トリップ・ドットコムとは宿泊在庫連携と主に中国人インバウンドを対象としたマーケティング連携をしている。それぞれが個性の違うグローバルOTAだが、それぞれの特徴は。
池口 それぞれの強みを生かした連携をさせていただいているが、るるぶトラベルが海外ホテル予約を開始するにあたっては、アゴダの各国ホテル在庫を予約できるようにした。システム開発の面でも、在庫供給の面でも助かっている。両社ともに、日本の拠点・本部とも、極めて良好なパートナー関係にある。
榊氏
――一休の24年は。
榊 24年は訪日客数も過去最高を記録し、業界全体としても好調な1年だったのではないかと思う。一休も順調な成長ができた1年だった。
――榊さんは、一休の代表取締役社長でいらっしゃると同時に、LINEヤフーの執行役員コマースカンパニートラベル統括本部長として、ヤフートラベルの責任者も兼務されている。一休の伸びとヤフートラベル伸びに違いはあったのか。
榊 単価も室数も同様のカーブで伸びた。これは業界全体がそうだったのではないか。
――インバウンド宿泊客相場に引っ張られて宿泊単価が上がりすぎてしまうと、給料も出張旅費規程も変わらないままの日本人客が泊まれなくなってしまうのでは。
榊 一休のユーザーは、その宿に宿泊すること自体が目的の方が多く、15万円だった宿が20万円に上がっても同じ宿にご宿泊されることが多い。ヤフートラベルのユーザーは、夏休みの家族旅行の総予算が10万円で昨年泊まった宿が、今年は15万円出さないと泊まれなくなってしまった場合は、宿を変えて、総予算10万円で旅行に行かれる。高級領域とカジュアル領域でユーザーの細かい動きは異なるが、全体としての傾向は変わらない。単価が上がれば、販売数が減らなければ取扱額は増える。24年は良いご送客ができた1年だったと思う。
――榊さんは24年2月に書籍「収益が上がり続けるデータドリブン経営入門 DATA is BOSS」を上梓された。データサイエンティストとして、社長として一休の業績を伸ばされてきたノウハウを書かれていますね。
榊 一休に入社し、10年間。一休でうまくいった施策や考え方を広く皆さんに公開し、ご活用いただければという個人的な思いで執筆させていただいた。データの重要性、有用性をぜひ知っていただきたい。
――大野さんは例年恒例の本新春座談会は初参加。簡単な自己紹介と24年のじゃらんについてお願いします。
大野 24年4月にリクルートの旅行ディビジョン全体の責任者になった。3月まではリクルート北海道じゃらんの社長を2年間務めていた。30年間続いた会社なのだが、リクルート本体への経営統合となり、それを機に私も東京に戻った。24年は国内旅行需要の堅調な推移とインバウンド旅行の活性が続き、当社においても創業以来、過去最高の予約取扱額を実現するなど、旅行需要の拡大を実現できた1年だった。
――前任の宮本賢一郎氏は、じゃらんのトップを12年間務められた。
大野 私はリクルートの旅行事業に15年間携わっているのだが、ずっと宮本の近くで一緒に仕事をしてきた。24年についても、基本的にはこれまで掲げてきた方針、やり方を引き継いで業務を行った。
――リクルートは10月、隔月誌「関東・東北じゃらん」「東海じゃらん」「関西・中国・四国じゃらん」「九州じゃらん」を、25年3月発行を最後に休刊すると発表。一方、月刊誌「北海道じゃらん」は継続発行する。
大野 「昨今のユーザー動向を含む社会環境の変化」が最大の理由だ。北海道じゃらんについては、北海道民の北海道旅行にとって引き続きニーズの高い紙媒体であることから存続を決めた。リクルートの中で、旅行領域に限らず、ユーザー動向は変わってきている。その環境の変化に合わせて、各領域で使うメディア、情報発信する手法も変えていっている。どの領域でも、インターネットを使った情報提供の比重は相対的に高くなっている。
大野氏
――宿泊業界は人材確保が喫緊の課題だ。その部分でのリクルートグループに対する期待も大きい。
大野 HR(人材)ソリューションはリクルートグループのコア事業の一つ。リクルートオールでのソリューションのご提供体制を引き続き整えていく。
――24年の楽天トラベルはどうだったか。
髙野 前年にリベンジ消費や全国旅行支援で旅行業界が大きく回復した反動で、24年の国内旅行業界は需要が一服した感も見られたが、楽天トラベルとしてはユーザー向けプロモーションや宿泊施設さまとの協業などに積極的に取り組んだ結果、23年を上回る実績を出すことができた。
単体でみると、まずダイナミックパッケージが順調に伸びた。累計利用者数は、JAL楽パックが500万人、ANA楽パックが1200万人を突破した。また、1月から新たに提供を開始したJR楽パック赤い風船も、多くのお客さまにご利用いただいている。レンタカー予約も好調で、マーケットシェアは2割を超えてきた。レンタカー予約者の約4人に1人が楽天トラベルをご利用いただいている計算だ。
インバウンドも、全体のトレンドに比例して、10月末時点で、コロナ前の19年比約6倍と好調に推移している。日本発OTAとしての自負を持ち、ユーザーにも宿泊施設にも使いやすいサービスの提供に注力している。主な注力エリアには、韓国、台湾、香港にシンガポールが加わった。各エリアでは専任のマーケティング担当者がそのエリアに最適なプロモーション施策を考え、展開している。
アウトバウンドも対前年比で伸びている。ハワイは、ダイナミックパッケージ、宿泊、航空券を合わせた業界シェアが自社調べで約10%に成長してきた。今後、さらなる成長を見据えて注力していきたい。
髙野氏
――国内旅行の伸びはどれくらいだったのか。
髙野 23年の宿泊流通総額は19年比42・5%増。24年はそれを上回る見込みだ。
――OTAの開示する取扱数値は予約時点の金額の合計の場合が多く、最近はキャンセル率も上がっているのに反映されていない可能性があるとも聞く。予約変更をキャンセル&リブックで行った場合、2倍に計上されている可能性もあると指摘する人もいる。
髙野 楽天トラベルでは、実泊ベースの数字を出しており、伸び率も実態を反映している。
――インバウンド集客は現地パートナー企業との連携がメインか。
髙野 パートナー企業との連携は客室提供(共有)などの手法で行っている。加えて、現地にローカルマネージャーを配置しており、各国事情に合わせたマーケティングを通じて楽天トラベルとして集客している。世界市場でグローバルOTAと対峙(たいじ)する日本のOTAが1社くらいあってもよい。私たち楽天トラベルは本気で世界に挑戦している。
――25年は何に取り組むか。
池口 お客さまに向けては、JTBホームページのUI(ユーザインターフェ―ス)改善、OMO(オンラインとオフラインの融合)といった、今まで取り組んできた軸はお客さま視点で継続的に実行していく。
AIの活用についてだが、社内のプロセスをいかに簡素化させるかという部分ではさまざまな試験運用を始めている。ユーザー向けには、各社がさまざまな取り組みを開始している中で開発途上のサービス提供とならないよう、社内のワーキンググループで議論を深めているところだ。ユーザー向けAIの開発、提供の前に、宿泊施設様向けサービスの部分に自動翻訳やAIを活用した機能を付加する方が先かもしれないとも考えている。
いずれにせよ、AIを使うこと自体が目的化してしまうことのないように、利用目的を明確にした上で、利用者にとって有益なものにしたい。
――るるぶトラベルの海外ホテル予約機能の実装にあたって、アゴダのシステムを活用していると先ほど伺った。トラベル分野におけるAIの活用については、現実問題としてグローバルOTAがかなり先行している。JTBはアゴダのAIテクノロジーを借りることもできるのではないのか。
池口 一部ディスカッションを開始しているが、連携内容については、まだお話しできる段階にはない。
また、25年の取り組みでは、海外旅行の活性化も掲げたい。為替レートの問題などもあり、旅行者の目が海外ではなく国内に向いているというような捉え方をされることもあるが、海外旅行を望んでいるお客さまも相当数いらっしゃる。また、航空便は双方向の需要が重要となるため、各地域発着の航空便が復活しにくいといった面もあると思う。訪日客を受け入れる地域を活性化させるという意味でも海外旅行の活性化には、取り組んでいく方針だ。
榊 外資OTAがAI技術に卓越、アプリへの実装も始まっていて、日本人ユーザーをどんどん取り込み始めているという事実はあるのかもしれないが、一休のユーザーがそちらに流れているという実感は全くないし、脅威にも感じていない。なぜならマーケットが違うからだ。
そもそも欧米系OTAのサイトは、初めてその場所に行く人が一番使いやすいように作られている。初めてミラノに行くことを前提にサイトが設計されている。何回も同じ都市に行く人が使いやすいようなサイト設計にはなっていない。ミラノのホテルを予約した後に、ローマのホテルの予約をしようとすると、おすすめホテルのリコメンドが届いたり、ローマで観るべき観光スポットが表示されたりする。これらは確かに親切で素晴らしい機能だ。
ただ、年に数回沖縄を訪れる一休のお客さまは空港からホテルに直行し、ホテルから空港に直行して帰ってくる。一般的な観光スポットにはもう寄らない。「沖縄に行くのであれば、ここに行った方が良いですよ」というリコメンドではなく、「あなたは最近ここの閲覧が多いから、もしかしたらこちらのお宿もお好きかもしれませんよ」というきめ細かいパーソナライズされたリコメンドを求めている。大切なのは細かいユーザーエクスペリエンス。目的地が沖縄ではなく箱根でも全く同じ。箱根こそマイカーでお宿に直行、直帰だから、一休のお客さまの場合は、周辺情報はいらないことが多い。
それぞれ得意とする客層が違う。一休の場合はユーザー層に最も合った方法、徹底的なパーソナライゼーションにAIも含めたテクノロジーを活用している。
――一休は昔、多言語サイトを運用していたが閉鎖された。
榊 インバウンドブームの前で、メンテナンスが大変な割には、各お宿にご送客ができていなかったので閉鎖した。最近は自動翻訳の技術も進み、それほど手間をかけなくても運用ができるようになったので、実は今、多言語サイトの準備をしている。25年のどこかのタイミングでリリースする予定だ。
――一休の25年は。
榊 宿泊単価は引き続き上がっていくと思う。インバウンドはさらに増えて、日本の観光、宿泊業界はますます良い市場になっていくだろう。その中で私たちが最も気を使い、大切にしていることは、どのお客さまが、どのお宿に興味をお持ちかというデータ。きめ細かくパーソナライズされたデータのリコメンドによる精度の高いマッチングで、全国のお宿からお預かりしている大切な客室在庫を引き続き、一つ一つ大切に売っていきたい。
大野 25年は24年に引き続き、日々取り組んでいることを磨き込み、少しでも今よりユーザー、クライアントのお役に立てるサービスにしていきたい。じゃらんは総地域消費額増加、最大化を掲げ、宿泊予約から旅行予約サービスへの進化を目指している。そのありたい姿に近づける取り組みには積極的にチャレンジしていきたい。
AIも新しいテクノロジーのうちの一つなので、もちろん活用していきたい。ただ、テクノロジーの活用度合で海外OTAに勝っているとか、負けているとかいう話ではなく、このテクノロジーで、事業者の方々の事業課題を解決することができるのかどうかという観点で冷静に判断していきたいと考えている。
前任の宮本が過去にこの場でお伝えしたと思うが、「Airビジネスツールズ」という業務支援サービスでクライアントの生産性を高めていくようなサービスソリューションをいまオールリクルートで積極的に推進している。その導入数も着実に増加している。観光業界においては、22年から23年にかけて4倍のアカウント数になった。「Airウェイト」「Airペイ」「Airワーク 採用管理」など、あらゆるクライアントの事業運営につながるソリューションとなっている。集客のお手伝いはもちろんだが、集客だけではない部分でも、リクルートとして皆さまのお役に立っていきたいと考えている。
髙野 楽天モバイルが好調で、24年10月後半に800万回線を突破した。次は1千万回線を目標にしている。25年は、モバイルユーザーの消費行動分析データを活用したさまざまな連携の可能性を検討している。旅行とモバイルを掛け合わせることで、楽天エコシステムならではの強みをさらに広げていきたい。
――通信キャリアやカード会社は人流データ、決済データを握っている。地方創生にとって極めて有用なマーケティングデータだ。
髙野 楽天グループにはその両方が備わっている。地域をエンパワーメントするため、全国各地のお宿を元気にするために活用していく。
AIの活用にはグループをあげて取り組んでいる。AIを使ったコンシェルジュサービスのベータ版の試験提供を、24年の夏ごろから開始している。さまざまなフィードバックを元に改善を重ねて、実用化を目指している。
――具体的には。
髙野 全国の旅館やホテルの細かい情報を徹底的に集めている。普通に検索しても出てこないような特徴などを弊社の営業担当が掘り起こし、お宿にもご協力いただきながらデータベース化を進めている。膨大なユーザーの消費行動分析データを元に、AIを活用してパーソナライズしたレコメンデーションを本格的に始めたい。
25年は大阪・関西万博が開催されるが、私たちはOTAとしていち早く、同万博の広報・プロモーションに協賛し、シルバーパートナーになった。25年に入り、徐々に人々の万博熱も上がってくるものと期待している。世界から注目されるイベントであり、楽天トラベルとしても大いに盛り上げていきたい。
――最後にプライベートなご質問。24年はどこに旅行したか。どこがよかったか。
池口 自身が昔、バンドをやっていたこともあるが、音楽が好きなので、春先から秋にかけて数多くの野外音楽フェスに出かけた。関東近郊はもちろん、大阪、新潟、福島などにも出かけ、コロナ禍前の活気を肌で感じることができた。
榊 国際医療支援のボランティア団体であるNPO法人ジャパンハートの医師、看護師らと訪れたミャンマーの病院だ。国全体が緊迫状態にある中、医療が届かず困っている患者さんに対して、彼らを助けようとする医療ボランティアの皆さんの姿に深く感動した。彼らの献身的な行動が、困難な状況の中で光となっていた。実は私はジャパンハートの理事にもなっている。
大野 佐賀県の嬉野温泉。茶畑の真ん中でゆっくりと日本茶を飲むティーツーリズムを体験した。その1日は落ち着いた時間を過ごし、心が洗われる機会になった。
髙野 24年はプライベートではなかなか旅行ができなかった。太宰府天満宮を家族で訪れることができたことが強く印象に残っている。