
株式会社ユニスト・ホールディングス取締役 山口和泰氏
350kmを宿でつなぐ
「紀伊山地の霊場と参詣道」が、2024年7月で世界文化遺産登録20年を迎え、今も多くの方がトレッキングに訪れている。一般的に「熊野街道(古道)」というワードで思い浮かべる道の風景は、森林に囲まれ、コケに覆われた石段の道を想像する方が多い。一方でわれわれが事業開発に取り組んでいる紀伊路は、多くが舗装された国道や生活道となっており、当時の風景が残っている道は少ない。もちろん世界遺産にも登録されていない。
紀伊路は、大阪の天満橋から和歌山の田辺市をつなぐ総延長約200kmの道であり、中世では「熊野御幸」が行われると、その沿道では宿泊や食事、物品の調達といった需要が生まれ、宿泊地は宿場町として栄えた。熊野御幸は紀州に経済を運ぶ、貴重な機会だったと推測される。
そこでわれわれは、かつての熊野御幸が行われた紀伊路から中辺路につながる総延長350kmの熊野街道に、宿泊施設を15カ所整備し、宿を転泊して歩く新しい旅の形の実現に取り組んでいる。すでに中辺路の高原と近露の2カ所で宿泊施設「SEN(46)RETREAT(センリトリート)」を運営しており、今年5月には滝尻に3カ所目を開業する。その後、小口、本宮、那智と3カ所で開業し、6拠点でつなぐ計画だ。紀伊路については現在、自治体が中心となって、道標の設置など「巡礼道」としての受け入れ態勢整備を進めている。
われわれは紀伊路を旅のメインルートとすべく、22年より地域を知るための調査活動を開始した。私は地域の特質を調査するために数回紀伊路を全踏破。その都度、各業界の有識者に同行してもらった。写真家、音楽家、ソムリエといった方々である。紀伊路を五感で捉えなおし、旅商品の開発に生かしていこうという取り組みだ。写真家と踏破した時は、風景を構成する光や色などを意識することで紀伊路の見え方が変わった。音楽家と歩いた時は、大阪では車や踏切の音が中心だったが、和歌山に入ると木々がこすれる音や川のせせらぎなど自然音に変わり、自然が奏でる音楽という旅の楽しみが一つ増えた。ソムリエと歩いた時は、野草などこれまで気にしていなかった自然に存在する素晴らしい資源に気付かされた。
このように五感で紀伊路の体験価値を伝えていき、紀伊路の旅路を価値あるものにしていくために、自治体と連携した新しい旅商品の開発に取り組んでいる。この取り組みを通じて、地域に新たな経済を生み出し、持続可能な地域づくりにつながっていくことを期待している。
株式会社ユニスト・ホールディングス取締役 山口和泰氏