インバウンド6000万人時代へ 将来像描き、課題の解決を 日本観光振興協会理事長 最明仁氏に聞く


日本観光振興協会理事長 最明仁氏

 新しい年が動きだした。2025年の観光はどうなるのか。インバウンド、国内旅行、オーバーツーリズム、高付加価値化、観光地域づくり、大阪・関西万博、DX、観光の推進体制……。日本の観光振興のナショナルセンター、日本観光振興協会(日観振)の最明仁理事長に2025年の課題について聞いた。【聞き手・向野悟】

日本らしさ大切にー挑戦の年

――2025年の旅行市場をどう見るか。

 日本人の国内旅行は、物価高騰に伴って宿泊料金が上がっている。コロナ禍では落ち込んだ需要を「Go Toトラベル」「全国旅行支援」で回復させた。今振り返っても必要な施策だったと思うが、そうした旅行費補助がなくなり、観光地、宿泊施設、旅行会社それぞれの実力が試される段階になっている。ポストコロナを見据えて取り組んできたところと、目先の集客だけに左右されてきたところとの差がさらに開いてくるだろう。 

 ――観光産業は「高付加価値化」をキーワードに生産性の改善を進めてきた。

 単価のアップに、提供するサービスの品質が伴っているのかどうかが肝心だ。原材料費や人件費の価格転嫁は別として、品質向上への誠実な努力がないと、逆風が吹いた時、しっぺ返しを食うことになる。

 ――日本人旅行者の志向に変化は。

 他の業界の方から「中間層が少なくなった」という話をよく聞く。おそらく旅行の世界でも同じようなことが起きているのではないか。高所得者層と所得がなかなか伸びてこない層、旅行にお金を使う層と使わない層、その差が開いているのかもしれない。「1億総中流」といわれた時代とまったく違う。

 ――インバウンドの動きは。

 インバウンドの誘客では地域差が開いている。大都市圏には多くの外国人が戻ってきており、滞在先の偏在傾向も指摘されるが、地方部の状況はそれぞれだ。地方部でも伸びてきている地域と、相変わらずインバウンドの需要を取り込めていない地域との差が大きい。地域の努力が前提だが、今後、乗り遅れてしまった地域に対する働き掛けに力を入れていくべきではないか。

 ――地域差の要因は。

 DMO(観光地域づくり法人)の成否がその一つだろう。それだけDMOの役割は大きい。肝心なのは人材、財源だ。財源がないとDMOに優秀な人材が集まらない。今、各地で宿泊税の導入が議論されているが、宿泊税を財源に優秀な人材を確保しようという発想は正しいと思う。地域の合意形成が前提だが、宿泊税の導入と活用は、国の主導ではなく、地域が主体的に判断できる財源というところが重要なポイントだ。一般財源化への批判もあるが、観光振興に充てることを制度化し、使途を透明化すべきだ。宿泊税以外にもさまざまな手法があるが、観光財源をしっかり確保して、将来への投資に充てるという循環をつくってほしい。

 ――インバウンドは好調に推移しており、4千万人時代が視野に入ってきた。

 訪日外国人旅行者数が年間1千万人を超えた時に、観光産業が見る風景はそれまでと大きく変わった。その後、2千万人、3千万人を超えてきたが、そうした節目を超える時に、自分たちの姿が今後どうなるのかという想像力があったかどうか。4千万人という時代が近づき、その先には政府が目標とする2030年の6千万人がある。その時にどういう姿になっているか、考えておくべきだ。

 日観振では、これからの観光産業がどういう姿であるべきか、会員企業・地域の有志に集まっていただき、中長期的なビジョンを議論している。6千万人の時のインバウンド消費額の目標は15兆円と設定されている。輸出産業としては、自動車産業と同じぐらいの規模になるが、観光産業は人手不足をはじめとして受け入れ態勢に課題も抱えている。将来の姿を描いて、今から取り組んでいく必要がある。

 ――近年、「オーバーツーリズム」という言葉がメディアをにぎわすようになってきた。

 オーバーツーリズムを「観光公害」と訳されてしまったのは痛恨の極みだ。それ以降、マスコミで盛んにオーバーツーリズムという言葉が使われ、ネガティブなイメージで浸透してしまった。もちろん地域住民が道路の渋滞や飲食店の混雑、マナーの違反行為などを問題視するのは当然だ。自治体やDMOがリードして課題を解決すべきだ。

 ――国や地方の観光の推進体制は十分か。

 都道府県の観光部門の中には、観光振興、文化振興、スポーツ振興を一体的に所管する観光文化スポーツ部などの体制をとっているところがある。これにはもっと注目すべきではないか。一方、霞が関はそうなっていない。観光も、文化も、スポーツも、それぞれ集客力、収益力がある分野なので、地方でそうした動きがあるのなら、中央でも検討してみてもいいのかなと考えている。

 ――観光庁を「観光省」に昇格すべきと主張する人もいる。

 インバウンドの旅行者数6千万人、消費額15兆円というのは高いハードルでもある。この先、観光施策が順調に進まず、伸び悩むこともあるかもしれない。そういうことを考えると、推進体制の強化を改めて議論する必要が出てくる場面もあるかもしれない。

 ――観光分野における2025年の注目は。

 4月には大阪・関西万博が開幕する。全国的な盛り上がりに欠けるといわれてきたが、何としてでも勢いづけないといけない。インバウンドに関しては、万博会場に行って、そこから大阪、関西だけではなく、他の地方にどれだけ足を伸ばしてもらえるかに注目しているし、注力したい。2025年には瀬戸内国際芸術祭もある。コンテンツはたくさんあるので、地方誘客をサポートできればと考えている。

 また、DX(デジタル・トランスフォーメーション)が肝心だ。これを進めないと観光産業は伸びない。日観振ではさまざまな企業と連携し、47都道府県の観光データを俯瞰して見ることができるDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)を構築している。ぜひ関係者にご活用いただきたい。観光分野におけるAI(人工知能)の本格的な活用もこれからで、誰かが先陣を切らないといけない。

 ――結びに、観光業界に向けて新年のメッセージをお願いしたい。

 インバウンドは年間4千万人が見込める情勢となり、観光産業全体としては、今以上に受け入れのキャパシティを広げるとともに、しっかり利益を上げていく努力を加速度的に進めなければいけない。既成概念を打ち破ってチャレンジする年にしなければと考えている。

 ただし、日本らしさを大切にしてほしい。日本らしいおもてなし、安全・安心、清潔、さまざまなインフラの充実。さらには、世界遺産や日本遺産を含め、自然、文化の観光コンテンツの豊富さ。これらは日本らしさ、日本のストーリーそのものだ。他の国には絶対にまねができない。ここを大事にしながら、皆さまと連携し、日本の観光をさらに伸ばしていきたい。

最明 仁氏(さいみょう・ひとし)1985年国鉄(現JR東日本)入社。総合企画本部観光戦略室長、ニューヨーク事務所長、執行役員国際事業本部部長などを経て、2020年6月常務執行役員国際事業本部長。23年6月日本観光振興協会理事長。

 
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