
3つのテーマで人材戦略を探る
ホスピタリティ教育研究会は3月14日、東京・汐留のザ ロイヤルパークホテル アイコニック 東京汐留で「これからのホテル・旅館の人財問題について」と題したセミナーを開催した。モデレーターを務めたホスピタリティ教育研究会会長の石原健氏(ホスピタリティデザイン横浜代表取締役)のほか、東急ホテルズ執行役員でザ・キャピトルホテル東急総支配人の志村恒治氏、ヒルトン横浜総支配人の木村卓也氏、日本ホテル教育センター企画部主席の武内悟氏が登壇。募集・確保、教育・研修、リテンションの3つのテーマについて議論を交わした。
採用難の中、多様な人材確保に注力
石原 新卒採用の実態や課題についてうかがいたい。
志村「新卒採用は年々時期が早まり、競争も激化している。我々も採用対応のタイミングを早めている。結果として内定辞退は予想したほどではなく、うまくいっている。今後は外国人採用やシルバー人材の活用にも注目している。特に外国人については専門学校とより密接に連携している。また、インターンシップに積極的に取り組むことで、入社後のミスマッチを回避できることがわかってきた」
木村「新卒採用は比較的順調で、従業員の約40%が新卒採用者だ。ただ、同じ基準で採用すると同じ傾向の人材ばかりになってしまう。そのため、スポーツ系、コミュニケーション能力、英語力など、多様な人材をバランスよく採用するよう注意している。継続的な採用が大事で、人数をあまり変えずに行っている」
武内「企業からの求人は年々早まっており、うれしい悲鳴だが、学生の就職活動への心構えができていないタイミングで多くの情報が出てくると、惑ってしまう面もある。実習教育は非常に重要だが、最近は実習を途中でやめてしまう学生が少なくない。理由として『自分が気にかけられているか不安』という声が上がっている」
石原 中途採用や随時採用の実態は?
志村「中途採用は大変だ。ホームページやウェブの求人媒体、人材紹介エージェント、ヘッドハンティング会社も使っているが、ニーズとマッチする人と出会うのが非常に難しい。一方で外国人の中途採用は非常にレベルの高い方が獲得できている。また、カムバック人材の受け入れも始めており、約70-80人ほどになっている」
木村「中途採用は本当に難しい。転職希望者が何を望んでいるかを1回2回の面接では把握しきれない。開業から半年くらいで何人か辞めたが、開業のノウハウを次の開業に生かしたいという理由だった。今後は転職希望者の希望をしっかり把握した上で採用を検討していく」
武内「卒業生が転職や退職の相談に来ることはある。ただ30代40代の卒業生になると、もう業界に長くいるのでキャリアアップのつてを自身で持っている方が多い」
教育・研修でレベルアップを図る
石原 正社員や契約社員への教育・研修はどのように行っているか
志村「単独とチェーン全体でそれぞれ行っている。入社時の集合研修、2年目研修、SDGsやLGBTQ、ビーガン・ベジタリアン対応など個別の研修、現場でのスキル別研修などを実施。海外ホテルとの交換留学も行っている。チェーン全体では昇格時のマネジメント研修なども実施。他社と合同で行う研修もある」
木村「新卒で入ってきた1年目、2年目、3年目の人たちは知識習得やスキル習得に非常に貪欲だ。OJTを通して仕事を教えていくが、体系だったアカデミックなトレーニングを行うには外部の力を借りることもある。有料無料関わらず外部の人の話を聞いたり、このような会に参加して学ばせたりしている」
武内「業務に関わることばかりを教え込もうとなりがちだが、本質的なことを本当に教えているのだろうかという気持ちでテキストを作っている。なぜそうしなければいけないのかという点が教えられていないように感じる。例えば、なぜ日本は観光立国を目指さなければいけないのか、外国人の接遇においてなぜ日本人は語学力が低いのかなど、根本的なことも教えていく必要がある」
石原 パート、派遣、外部委託の方々への教育はどうしているか
志村「あまり垣根を設けずに情報を発信している。特に接遇のトレーニングプログラムは清掃や警備も含めて全員参加の形を取っている」
木村「社員、契約社員、パートで自社が採用するスタッフに関しては区別なく教育を行っている。外部委託やテナントは難しいが、理念や進む方向性は共有している。特に重要なポイントは全員に言葉で説明し、具体例を出しながら理解してもらっている」
武内「新規でホテルビジネスに参入している企業からマニュアルの引き合いがある。基本的な知識として求められているようだ」
リテンション強化で離職防止
石原 スタッフのモチベーションを上げる、あるいは保つために何か行っているか
志村「安全衛生委員会を設置し、各部門の社員代表が集まって職場環境の改善を図っている。また、資格取得に対する報奨金や表彰制度を充実させている。新入社員には研修期間中にホテルに宿泊させ、家族も招待している。競合視察も積極的に行っている」
木村「評価制度や人事考課、残業時間などで不公平感が生じないよう努めている。また、年2回の社内オープンセミナーを開催し、従業員が講師となって得意技を披露している。部門間のクロストレーニングも行っているが、人には向き不向きがあるため慎重に進めている」
武内「最近の調査では、高校生の約半数が『のんびり暮らしたい、仕事より自分の趣味や自由な時間を大切にしたい』と回答している。また『静かな退職』という言葉があり、転職や退職はしないが必要最低限の業務にしか携わらない働き方が増えているという。こうした価値観の変化にどう適応していくかが課題だ」
石原 離職を防ぐには何が大切で、どんな策を講じているか。
志村「コミュニケーションが最も大切だと考えている。従業員食堂を無料にしたことで、部門を超えたコミュニケーションが活性化した。また、新人教育では3-4年目の若手社員が教える仕組みを導入し、効果を上げている」
木村「離職を完全に防ぐのは難しい。むしろ育成に重点を置いている。社内公募制度を始め、上司を通さずに直接人事に応募できるようにしている。また、ホテリエの楽しさや目標、夢を語り合う機会を作っている」
武内「離職は避けられないと思う。むしろ離職しても戻ってこられる仕組みを考えることが重要だ。一度外の世界を見た人材が戻ってくることで、新たな視点を得られる。また、若手社員と一緒に研修を行うなど、世代間のギャップを埋める取り組みも必要だろう」
人材の確保から育成、定着まで、各社が試行錯誤しながら取り組んでいる様子が浮き彫りとなった。多様な人材の活用や柔軟な働き方の提供、コミュニケーションの活性化など、業界全体で知恵を絞り、解決策を見出していく必要がありそうだ。