コンサルタントのリョケン(佐野洋一社長)はこのほど、「令和7年の旅館の経営指針」を発表した。テーマは「ベクトル転換~未来プロジェクトで軌道を変えよ!」。旅館業界は、コロナ禍の前と後で市場構造が大きく変わった。また、人手不足の問題も一層深刻化するなど、経営はかつてのやり方が適合しなくなっている。こうした現状を踏まえ、10年、20年先を見据えて、「今のままの経営でよいか?」を問うために今年の経営指針テーマを決めたとしている。膨大な指針の中から一部を紹介する。
■ベクトル転換を図る
ベクトルは、数学や物理学で向きと大きさを併せ持った量を表す概念だが、ここではこの言葉を、経営の進む方向のイメージとして用いる。ベクトル転換とは、その方向を変えていくことを意味する。変えていく対象は、売上、付加価値、生産性などいくつか考えられるが、おそらく共通して目指すべきところは「高収益経営」だ。
■GOP率25%の経営
GOP(Gross Operating Profit)は運営総利益のことで、日本語では「償却前営業利益」とも言う。いわば通常の営業活動によって残るキャッシュのことだ。
日本旅館協会の「令和5年度 営業状況等統計調査(令和4年度財務諸表等より)」によれば、全国の旅館の平均GOP率は5.6%で、黒字企業の平均は12.1%。コロナ禍の後遺症が残っていた時期の数字であり、コロナ禍直前の令和元年度調査(2018年度財務諸表にもとづく)では、それぞれ7.8%、10.2%となっている。
見出しに掲げた「25%」はこれらをはるかに上回り、非現実的と思われるかもしれない。しかし外国資本などと運営委託方式で行われているシティホテルなどの契約では、一般に20%、30%といったGOP率が前提となっている。
前掲の令和5年度 営業状況等統計調査によれば、売上高に占める減価償却費の割合は、全旅館平均で7.0%、黒字企業平均で6.9%。全旅館平均ではGOP(5.6%)を上回っており、従って営業損益は平均で赤字だが、GOPが原価償却費より少ないということは過去の投資キャッシュが回収されていない、言い換えれば、現状況では今後同等の設備投資ができる損益体質にない、ということになる。継続的な再投資を可能にするには、なんとしても高いGOPが必要で、「高収益化」は実現すべき大きな命題だ。
■ベクトル転換のための視点
経営のベクトル転換を図るには、どんなテーマに着目したらいいのか。いくつかの視点を挙げてみる。
(1)ターゲットを変える
旅行のあり方はコロナもありこの数年で大きく変化し、客層構成が変わっていないだろうか。先細りとなっている客層がある一方で、かつては取るに足らなかったが伸びてきている客層もあるだろう。それを自館の「これからのターゲット」と捉えることができないか。ターゲットを変えることで、新たな成長のきっかけをつかむことができるかもしれない。
(2)自館と商品のポジショニングを変える
ポジショニングとは「位置づけ」を意味し、地域の中にあって自館がグレード的にどのあたりに位置するかを意味する。「ポジショニングを変える」とは、自館に関するその位置づけの見方を、これまでとは変えてみるということだ。
(3)売上構成を変える
切り捨てるべき、もしくは切り捨ててもよいと思われる売上項目はないか。これまで一定の売上があったものを切り捨てるのは忍びないかもしれないが、そこで小さな売上を稼ぐよりも、全体としてより大きな売上や、利用客の満足・評価の獲得、あるいは経営構造の変革の余地はないだろうか。
(4)コスト構造を変える
ひと言で言えば「コストにメリハリをつける」ということ。付加価値を生むところにコストをかけ、そうでないコストを削ることをアグレッシブに考えてみたい。
(5)主張、ポリシーを掲げる
商売、もしくは、もてなしのあり方につながる「主張を持つ」ことで、経営のベクトルを変えることができる。
(6)国際観光の視点
変動の可能性はあるものの、外国人旅行客は、中期的に「成長市場」。特別な理由や主義がない限り、外国人旅行者の取り組みは積極的に考えていくべきテーマと言え、これは「ベクトル転換」のキーファクターとなり得る。
(7)ゼロベース発想を
「ゼロベース発想」は、前年の「経営指針」で掲げたテーマ。これは言葉通り、ものごとを考える手段となる「発想法」で、「ゼロベース」とは、原点に立ち返ることを意味する。今のやり方、今の常識からいったん離れて、「そもそもどうあるべきか?」とさかのぼって考えてみる必要がある。