元湯陣屋の女将 宮﨑知子氏、「IT活用による旅館改革」で講演


宮﨑知子氏

「旅館を憧れの職業に」

 神奈川県鶴巻温泉の旅館、元湯陣屋の女将、宮﨑知子氏は8日、東芝・東芝デジタルソリューションズが東京都港区のグランドニッコー東京台場で開いた展示会・講演会イベント「オープンイノベーションフェア2019」で「IT活用による旅館改革とその展望」と題して講演した。

 創業1918(大正7)年、1万坪の庭園内に18の客室とレストラン・宴会場など六つの会場を備える老舗旅館の陣屋は、ITで業務効率化を図り、経営危機を脱した。

 2009年、夫の実家の陣屋を2人で継承。夫は元ホンダのエンジニア、女将は元OLで出産直後の2児の母。旅館業の経験はなかった。修業期間も引き継ぎもないままの突然の世代交代。従業員は全員年上だった。

 09年の数字は、売上高2億9千万円、宿泊単価9800円、EBITDA(税引前当期利益+支払利息―受取利息+減価償却費)がマイナス6千万円、借入金が10億円。これをIT活用による業務改善などで11年には黒字に転換。18年は売上高6億1400万円、平均宿泊単価5万円、EBITDA1億8500万円にまで改善させた。

 人件費では、09年が総人件費1億6300万円、人件費率50%、従業員数120人(正社員20人、パート100人)、社員平均年齢45歳、社員平均年収288万円、高卒初任給18万円。これを18年には、総人件費1億4900万円、人件費率24%、従業員数42人(正社員27人、パート15人)、社員平均年齢28歳、社員平均年収408万円、高卒初任給25万円に良化させた。

 09年当時の現場の実態について宮崎氏は、「顧客状況は入院中の前女将の頭の中」「団体向け営業情報は営業担当者の手帳の中」「個人客の予約台帳は紙とネットの2種類が併存」と振り返った。数字についても「全体管理のみのドンブリ勘定」「パート比率が高く、月末まで人件費が不明」「売上実績のみ紙で管理」という状況だった。

 そこで「1万坪の敷地に18室しかないのだから単価を上げないと成り立たない」と考え、高付加価値、高単価、低稼働率へと方向を転換。新たにブライダル事業もスタートした。

 経営改善方針として(1)情報の「見える化」(2)PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)の高速化(3)CRM(顧客管理システム)の導入(4)仕事を効率化し、お客さまとの会話と接点を増やす―ことを決めた。これらの実現のため、旅館経営を支える基幹システムの導入が必要と判断したが、既存システムには適当なものが存在しない。そこで、システムエンジニアを1人採用し、基幹システムの自社開発に踏み切った。

 クラウドアプリケーション・プラットフォーム「セールスフォース」をベースに旅館業に特化したクラウド型基幹システム「陣屋コネクト」を独自に開発。予約管理、顧客管理、社内SNS、設備管理、勤怠管理、会計管理、売上管理、経営分析など、全ての業務を陣屋コネクトに集約し、一元管理する仕組みを構築した。

 陣屋コネクトには、東芝デジタルソリューションズが提供するAIアプリ「リカイアス フィールドボイス インカム」の機能も搭載。インカムやトランシーバーなどの無線機と同じように、人が会話した内容を複数の相手のスマートフォンに音声とテキスト(文字)で同時かつリアルタイムに配信できるため、「お客さまに対するおもてなしの質の向上に役立っている」という。

 IT活用のメリットについて宮﨑氏は「ITで業務を効率化した結果、人がおもてなしに専念できるようになった。また全ての経営情報、顧客情報を従業員に開示し、情報共有した結果、指示待ちがなくなり、従業員のマルチタスク化が実現できた」と紹介。

 その上で「陣屋コネクトを活用した経営改革モデルは、現在では全国340軒以上の宿泊施設に導入されている。日本旅館もIT化でサービス生産性を大幅に向上させることができる。IT化は旅館の『おもてなし』レベル向上、経営力向上に役立つ。そして、顧客の増加が地方経済の活性化、雇用の増大につながる」と強調した。講演の最後に宮崎氏は「旅館を憧れの職業にしたい」と語った。


宮﨑知子氏

 
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