被災地に息の長い支援を
全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)の第102回全国大会が6月19日、札幌市内で開かれる。昨年の通常総会で第11代会長に就任した井上善博氏(福岡県原鶴温泉・六峰舘社長)に1年間の回顧、今後の組織運営を聞いた。(聞き手=本社・森田淳)
――会長に就任して1年。現在の心境とこれまでの活動を振り返って。
昨年6月の通常総会で正式に会長就任という形になった。会長としてまず力を入れたのが、コロナ禍を経て経営面だけでなく精神的にも大きくダメージを受けてしまった宿泊観光事業者の自信を取り戻させること、さらには、自らの仕事の矜持(きょうじ)をもたらすことであった。わが国が観光立国を目指す中、宿泊観光産業は基幹産業にならなければいけないし、それだけ大きなポテンシャルのある産業である、という大きなビジョンを繰り返しメッセージとして発出した。
そうした中で、1月1日に能登半島地震が起きた。発災後、事務局の亀岡専務理事、原田事務局長を中心に2日から事務局に詰めて、私も4日には上京し、情報収集や国会議員の先生方、各省庁に出向くなど対応に追われた。
――正月休みもほとんどない状況だった。
新年早々の災害で、まさかという思いだったが、会長である私自身も宿泊観光産業の底力を改めて見た気がした。
発災して4~5日や1週間たつと、被害状況が徐々に分かってきた。亡くなった方がおられるし、体育館などに1次避難をしている方もたくさんおられる。
国会議員の先生方や関係省庁から、この避難をしている方々を旅館・ホテルで受け入れてほしいと要望があった。事務局で調整し、合計で1万1500人分の部屋を近県や三大都市圏で確保できた。協力いただいた組合員旅館・ホテルの皆さまには、自ら被災しながらも宿泊観光事業者としての社会的使命を果たすその姿勢には、改めて敬意を表したい。
先日は山代温泉(石川県)の、ある旅館にお邪魔して、社長に話を伺った。ピーク時に350人ほどの被災者を受け入れたという。同業者として本当に頭の下がる思いだ。
――近年は自然災害が増え、全旅連もその都度、被災者受け入れの対応をしている。
いわゆるエコノミークラス症候群や、災害関連死を防ぐためにも、特に高齢の方や体の不自由な方、妊婦さんなどの2次避難所として、旅館・ホテルの客室をご利用いただいている。
――先日は観議連(自民党観光産業振興議員連盟)のメンバーと能登の被災地を訪問した。
全旅連青年部、JKK(女性経営者の会)、日本旅館協会など関係団体とともに義援金を募ったところ、一定数が集まったため、前会長の多田さんがいる和倉温泉などに伺った。正直申し上げて建物などもまだ手付かず。営業したくてもできない状態だ。現地の方は本当につらい思いをしているのだと肌で感じた。
――和倉の旅館組合は雇用や建物の問題など5項目を議連に要望した。
当日はその後、石川県庁に出向き、馳知事ともお会いした。全旅連としても地域の復興に向けてどういうお手伝いができるのかなど、意見交換を行った。
人手不足解消へ 業界の魅力アピール
――業界を取り巻く大きな問題に人手不足がある。
われわれの業界だけではなく、あらゆる業界で叫ばれている問題だ。わが国の労働力人口が減少していく中では、外国人労働者の受け入れは必要不可欠である。宿泊4団体で設立した宿泊業技能試験センターの取り組みを全旅連としても全面的にサポートしていくつもりである。
――海外の学生と日本の宿泊施設とのマッチングイベントを各地で行うようだ。
全旅連としても、宿泊分野の特定技能制度の周知に係るジョブフェアを開催し、国内外における特定技能宿泊試験のPR活動を実施したり、宿泊施設、人材会社、特定技能在留資格者、三方のマッチングイベントを開催していく。まず、7月にインドネシアのジャカルタで実施。今後もアジア各国で予定している。
――今は円安もあり、日本で働くことの優位性が薄れてきたとの指摘がある。
おっしゃる通りで、日本で働く外国人の方が家族への送金を、レートの関係で今までのようにできなくなったという話を聞く。
日本で働くことで、日本ならではの素晴らしいおもてなし、ホスピタリティを学べるのだ、と思ってもらえるようにしなければならない。
相手を思いやり、先読みをして、つかず離れずのサービスを行うという、日本ならではのホスピタリティを、海外から働きに来た人に学んでもらい、自国に帰った時に生かしてもらいたい。
――外国人はもとより、日本人の若者にも業界で働くことの魅力をアピールする必要がある。
全旅連青年部が学観連(日本学生観光連盟)とコラボをして、インターンシップ事業に取り組んでいる。「宿フェス」で日本の旅館文化をPRしたり、「旅館甲子園」で旅館で働くことの意義をアピールしたりもしている。
都道府県の旅館ホテル組合でも同様の動きがあり、沖縄県の組合では旅館・ホテルの仕事を若い人や子供たちに紹介する冊子を作成している。私の地元の福岡県の組合でも冊子を作った。
――雇用の確保には賃金や休日の問題もある。
観光庁の高付加価値化事業で、さまざまな地域の旅館・ホテルが客室やパブリック施設をリニューアルしている。コロナ禍の後、インバウンドも増えており、宿泊単価が徐々に上がっている。この上がった分を働いている人たちに還元することだ。
休日については、最近は全館を休業にする施設も出てきている。コロナで休業を余儀なくされた経験から、閑散期には思い切って3~4日休んで、その間にメンテナンスをして、従業員にはゆっくり休んでもらう。そのような取り組みが今後、増えてくるのではないか。
■ ■
――コロナ禍で受けた「ゼロ・ゼロ融資」の返済が始まっている。計画通り返済が進むかどうか。
全旅連の金融対策・経営改善委員会で、企業再生に取り組むコンサルタントの先生などを呼んで勉強をしている。今後、委員会の取り組みを踏まえて、「このようなソリューションがありますよ」と、いくつかの選択肢を組合員の皆さまにお示ししたい。
――さまざまな課題の解決には政治との関わりが欠かせない。新体制となった観議連との関係については。
今年1月、新会長に就任された岩屋毅先生は大分県別府の出身。観光地、温泉地のことはよく分かっていらっしゃる。今回の能登半島地震に際しても、被災者を受け入れる旅館・ホテルへの支弁金を上げていただいたり、北陸応援割の実施や雇用調整助成金の特例措置など、さまざまな支援を頂いた。今後も引き続きご指導を願いたい。
■ ■
――「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産登録について。全旅連は推進協議会の事務局を担っている。今後はどう活動を。
機運の醸成が今、一番注力している取り組みだ。
賛同をいただく署名活動を行っており、署名の1人目を2月の「宿フェス」で菅義偉元首相に行ってもらった。
登録を応援する知事の会の山本一太事務局長、群馬県知事は、われわれの先輩の時代から、全旅連とは非常に濃いつきあいをしており、今回の件でも「一緒にやっていこう」と声を頂いている。
われわれは事あるごとに、さまざまな場面で声を上げ、登録に向けての機運を高めていきたい。
――登録の意義について、どう捉えているか。
温泉地や旅館・ホテルで働く人たちが自分たちの仕事にさらに誇りを持てるようになる。これが一番だろう。
わが国の温泉文化の本質を世界的に知っていただけることで、ますます多くの外国人の方に日本の温泉に訪れたいと思っていただけるのではないだろうか。わが国の温泉文化は地域ごとにそれぞれ特色があるのも大きな価値の一つであるので、全国津々浦々の温泉に訪れてもらいたい。
温泉文化のユネスコ登録をぜひとも実現させたい。
■ ■
――全旅連の青年部、JKK(女性経営者の会)との連携は。
もともと私は青年部出身で、青年部長も経験している。青年部については、われわれ宿泊観光産業が抱えるさまざまな課題について真摯(しんし)に向き合い、仲間同士侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を行い、業界の未来を創っていってもらっている。塚島部長を中心に、本当に頑張ってもらっている。
JKKは小原健史元会長のお声がけで発足して、今年で20年。会員が徐々に増え、女性ならではの感性と目線でさまざまな事業に取り組まれている。業界の大きな力になっていると実感している。
業界発展のために、ともに連携して取り組みたい。
――全国大会が6月19日、札幌で開かれる。組合員にメッセージを。
102回目を数える全国大会。私を日々、助けていただいている会長代行の西海さんが理事長を務める北海道の組合が鋭意準備を進めている。
式典では先ほど話に出た温泉文化のユネスコ無形文化遺産への登録実現や、人手不足への対応など、業界を取り巻く諸問題の解決に向けて、一致団結して取り組むという大会決議を採択する予定だ。
6月は梅雨の時期だが、北海道は梅雨もなく、最も過ごしやすい時期といえるのではないか。ぜひ、多くの方のご参加をいただきたい。
全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会 会長 井上善博氏