新潟県中越地震からの復興が残したもの 坂口隆夫・市民防災研究所理事・特別研究員に聞く


市民防災研究所理事・特別研究員 坂口隆夫氏

観光地の災害時への備え 備蓄と非常電源の点検を

 観光経済新聞、東京交通新聞、塗料報知、農村ニュース、ハウジング・トリビューンの専門5紙誌では、防災・復興をテーマとした連携企画「地域が創る復興・活性化の未来図~大災害の教訓から」を展開中です。過去の大規模災害を取り上げ、専門家へのインタビューを通じ、地域・産業振興のあり方を探ります。第2回は2004年10月23日の「新潟県中越地震」。市民防災研究所の坂口隆夫理事・特別研究員に話を聞きました。併せて、各紙誌の切り口で、被災当時の状況や最新の動きをレポートします。

 ――新潟県中越地震(2004年10月)の特徴と、一般的に被災・復興から得られる教訓について伺いたい。

 新潟中越地震では余震の多発が見られた。10月23日午後5時56分に本震が起き、震度6強の大きな余震が午後6時台に2回、震度6弱の地震が7時台に1回あった。体で感じられる揺れが、当日だけで164回発生した。2006年5月までの1年半で、震度1以上が千回を数えた。余震が多いと災害関連死が増える。68人の死者のうち、関連死が52人を占めた。被災者の中には、屋内での避難を嫌がり、車やテント、ビニールハウスで暮らしていた人がいて、車中での生活によってエコノミークラス症候群(肺血栓塞栓(そくせん)症)で亡くなった例があった。余震のたびに恐怖心が呼び起こされ、強いストレスがかかった。また、群発する余震は復旧作業の大きな足かせとなった。

 二つ目には、地理的な要因がある。日本有数の豪雪地帯で中山間地のため、目前に迫った冬への対応が厳しかった。土砂崩れが多発し、山古志村(現・新潟県長岡市)は道路の寸断で完全に孤立した。「自然ダム」(天然ダム、河道閉塞(へいそく)=土砂などによって河川・渓流がせき止められて造られた地形)が多数発生した。今年年始の石川・能登半島地震でも分かるように、山岳地帯を抱えるエリアはどこも同じような危険がある。すぐに助けが来てもらえないケースを想定して、水・食料の備蓄や避難所の安全な場所への指定などをする必要がある。実際、14年11月に長野県白馬周辺で起きた神城断層地震では、避難所が被害を受け、観光バスで何キロも離れた所に避難している。

 ――近年、水害が頻発し、地震災害と重なる確率が増している。

 6~10月が水害シーズンで、台風、地震のダブル災害となれば、未曽有の被害を生むかもしれない。先日8月21日に東京都心で1時間100ミリのゲリラ豪雨があり、道路や建物が一瞬で浸水、冠水した。東京の下水道は1時間に50ミリの排水能力しかない。水が吹いていた。あまりに短時間で雨が降る場合は、避難のタイミングを失してしまう。

 ――南海トラフ巨大地震は、いつ起きても不思議ではないと言われている。

 (8月8日の宮崎県沖・日向灘の地震を受け)今回、「南海トラフ地震臨時情報」が出され、ホームセンターの災害用品が売り切れてしまったようだ。いかに皆さんが、日ごろから備えができていないかが実証された。「自助・共助・公助」という言葉がある。自助は、自分や家族の命を自分で守る。共助は近所での助け合いだ。公助は消防や自衛隊、警察。災害時、公助は当てにならない。同じように被害を受けるし、道路が寸断され、すぐに来られない。

 ――自助では何をすべきか。

 南海トラフであれ、首都直下地震であれ、水害であれ、備えに特別な対応はない。まず、自宅や職場の建物が大きな地震に耐えられるのかどうか確認してほしい。1981年6月以降に建てられたかどうかが一つの基準になる。81年5月以前の建物は(建築基準法の)旧耐震基準によるもので、危険性が高い。自治体に相談し、耐震診断をしてほしい。耐震補強が必要な81年5月以前の建物には、補助金を出す自治体が多い。補強するのは建物全部か、寝る部屋だけか、予算を考えて決めていく。

 次は室内の確認だ。建物が立派でも、中がぐちゃぐちゃだとアウト。家具類の転倒・落下・移動防止の対策は大丈夫か。目安として、1.2メートル以上の家具類は固定しないと倒れる。棚に置かれた物は飛んでくるので、命を落とすことがある。人間は壁のほうに逃げる習性があり、高い家具が倒れて下敷きで亡くなる。転倒・落下・移動の防止は突っ張り棒などでお金をかけずにできる。それにプラスして、各部屋に、倒れたり、落ちたりする物がない安全なスペースを1カ所作ることを提唱している。地震が来たら、そこに逃げ込むと前もって決めておく。
 
 三つ目は水・食料、簡易トイレなどの備蓄。発電機や照明器具の乾電池、蓄電池も必要。水害を考えればブルーシートなども。必要量は3日分といわれているが、できれば1週間分を。水は1人1日3リットルで、3日分なら9リットル。私が勧めるのは(備蓄用と普段用とを分けずに消費して、買い足していく)「ローリングストック」、「日常備蓄」だ。保管用のスペースや消費期限の心配が必要なくなる。水、米、缶詰、レトルト食品。カセットコンロとカセットボンベは6本くらいあれば、2、3日使える。米も炊けるし、カップラーメンも食べられる。トイレは1日6回と計算する。特別なこととしてではなく、日常生活に災害への備えを織り込んでいく。

 ――企業がすべきことは。

 これまでの話は一般家庭だけでなく、企業も同じ。さらには、帰宅困難者対策がある。東京都には条例がある。「大規模地震が発生したら、安全が確認されるまで移動してはいけない。会社が面倒を見なければいけない」という趣旨だ。施行が2013年なので、忘れている経営者はいるだろう。賞味期限が切れている食料をそのまま置いている企業も多いのではないか。今一度確認してほしい。市民防災研究所では、新人が入ると、レトルトカレーで歓迎昼食会をする。空き缶、アルミ箔(はく)、ティッシュで作ったコンロと食用油を使い、鍋で米を炊く。米は研がなくても大丈夫。当研究所のホームページを見てほしい。一般の企業でも習慣づけたらどうだろうか。

 地域の危険性を「ハザードマップ」(被災想定区域や避難場所・経路を表示した地図)で確認しなければいけない。水害や崖崩れ、液状化など、何が起こりやすいかを知らなければ備えはできない。企業はそれを全社員に共有しなければいけない。防災担当者が中心となって取り組んでほしい。

 ――災害時に観光客の安全を確保するために、観光地の行政や民間が備えるべきことは何か。

 地震・水害への備えはどの場合でも基本的に変わらない。ホテルや旅館なら、孤立したときに必要な備蓄はできているか、非常電源はあるか点検してほしい。食事を提供しているので、ある程度の食べ物はあるだろう。それを近隣の人たちに提供するくらいの気持ちがないといけないと思う。家がつぶれた人に、「きょうはこちらにどうぞ。温泉は無事ですから、入りに来てください」と言ってほしい。行政とは事前に協定を結び、「うちは避難所として、何十人、何日間受け入れられる」と打ち合わせをしておく必要がある。

 外国人が泊まるような施設なら、言葉はある程度、OKで、災害時のマニュアルもあるはず。旅館業は、日ごろの業務がそのまま訓練みたいなもの。さまざまなお客への臨機応変の対応が災害時に役立つ。大規模地震が起きたときのサービスについて、何がどこまでできるのか、何ができないのか、しっかり考えておいてほしい。

 東京都板橋区では、区内を18地区に分け、それぞれ地域の人が中心となって、業者も入りながら防災マップを作っている。マップには災害時の一時集合場所や避難所、消火器の場所まで詳細に記載されている。私は観光ボランティア向けに講演した際、このマップを活用するよう呼びかけた。観光案内しているときに災害に遭ったら、ぱっと取り出して確認できる。他の地域でも参考になれば。

 ――企業はどのような訓練をするのが望ましいか。

 年に1回は大規模地震を想定した自衛消防訓練をやってほしい。東日本大震災の前、東京国際フォーラム(有楽町)に6年勤務していたとき、具体的に地震が来た場合を想定した訓練をした。シナリオを作り、どの課は誰が責任者で、何の役割を担うか全部決めた。2回目以降は社員たちでやれるようになった。マニュアルも作成した。その後、東日本の震災が起き、私は不在だったが、社員は見事、4300人の帰宅困難者を受け入れ、一晩を明かした。水・食料は200人分しかなく、子どもや高齢者に優先して配った。

 今、本当に心配しているのは首都直下地震だ。日中に起きたら、東京の事業所はどれだけ社員の命を守れるのか。まず、難しいだろうと見ている。企業は社員に自助の備えをさせないといけない。どれだけの社員がけがもせず、翌日、参集できるのか。絶対に続けなければいけない仕事は何で、それに従事する社員を確保できるか。この二つが重要になる。家族同士、社員同士で「災害用伝言ダイヤル」(171)を使うことも推奨している。前もって決めておけば、連絡がないことで「けがをしたり、命を落としたりしているかもしれない」と伝わる。毎月1日と15日に体験できる。全員が一度は試してほしい。

 坂口 隆夫氏(さかぐち・たかお)公益財団法人市民防災研究所理事・特別研究員。1947年8月生まれ(77歳)、長野県出身。67年、東京消防庁に入り、麻布消防署長など歴任、2007年退職。同年、東京国際フォーラムに入社(危機管理担当)。13年、市民防災研究所に移り、昨年まで事務局長を務めた。

 
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