中国四大料理の一つとされる、四川料理。その特徴は、七つの味を持つこととされる。しびれる辛味の「麻」、ピリっとした辛味の「辣」、甘味の「甜」、塩味の「鹹」、酸味の「酸」、苦味の「苦」、香味の「香」を使い分けることで豊かな味わいとなり、「百の料理には百の味がある」という意味で「百菜百味」と称される。
その四川料理を日本に広めた立役者として、四川料理の父と呼ばれるのが「四川飯店」初代オーナーシェフ、陳建民氏。日本人の味覚に合うように彼がアレンジした麻婆豆腐や回鍋肉、エビチリなどは、今や家庭でも簡単に楽しめるレトルト食品としても親しまれているほど、日本における中華料理の代表的メニューになっている。
テレビ番組「料理の鉄人」でおなじみの2代目陳建一氏と親しくさせていただいている筆者、先般「赤坂四川飯店」で開催された賞味会に参加した。薄切り豚肉の辛味ソース「雲白肉片」や、四川省出身の書画家、張大千氏が好んだという味付けの海老(えび)料理「大千明蝦」など、四川料理三昧だったこの夜。七つの味の中でも際立つ「麻(マー)」と「辣(ラー)」にしびれつつ、その奥にある複雑なうま味を堪能させていただいた。
だが、やっぱり何と言っても一番のお楽しみは麻婆豆腐だ。同店のグランドメニューには、より本場の味に近い「陳麻婆豆腐」と、辛味を抑えて食べやすくした「麻婆豆腐」の2種類が用意されているが、この日は当然前者。しかも、特設の調理台で陳シェフ自ら鍋を振ってくださるというのだから、期待が高まる。
サービス精神旺盛な陳シェフ、調理をしながらマイクを握り、解説までしてくださった。それによると、第一の辛味として四川省の一味を使い、さらに第二の辛味としてラー油を入れるそうだ。もちろん忘れてならないのは花椒(ホアジャオ)。四川料理には欠かせないスパイスだ。
花椒は、舌がビリビリしびれるような辛さ「麻味」の素で、山椒と同じミカン科だが、種類の異なる植物。花椒は中国原産、山椒は日本原産である。昔から「山椒は小粒でもぴりりと辛い」と言うが、花椒の方がより辛味が強い。
隠し味に、大徳寺納豆を入れていると教えてくださった。一般的な納豆というより、中国の発酵調味料豆鼓に近く、醤油(しょうゆ)に無いうま味があるのだそうだ。そして、今回使用された豆腐は、1丁につき5円が義援金として寄付されるという、福島県産の「福幸豆腐」。絹ごしなのに粘りが強く、麻婆豆腐にピッタリというこの豆腐、福島復興のためにと陳シェフが開発から携わったのだそうだ。
宴の終盤、チャーミングな陳シェフならではのサプライズが。何と、嘉門達夫氏作詞作曲の歌を熱唱。タイトルはずばり「炎の麻婆豆腐」。「マーとラーが、攻めて来るよ口の中♪」と笑顔で歌う陳シェフは、さながら麻婆豆腐の伝道師だ。頼もしい3代目陳建太郎氏も、麻婆豆腐と四川料理の素晴らしさを伝え続けてくれるに違いない。
【たけうち みき】 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。