
EYストラテジー・アンド・コンサルティングの平林知高パートナー
EYストラテジー・アンド・コンサルティングは4月23日、ツーリズム産業における高付加価値化に関する調査レポート「ツーリズムにおける高付加価値化は何をもたらすのか?」を発表した。同レポートでは、高付加価値旅行者の動向分析とともに、日本がグローバル市場で差別化できる強みとして「ウェルネス」と「伝統産業・歴史文化」の2つの領域に着目。高付加価値化は単に値段を上げることではなく、地域固有の唯一無二性を発掘・発信することが重要だと指摘している。
富裕層マーケットの現状と日本の位置づけ
レポートによると、個人資産3000万米ドル(約45億円)以上の超富裕層(UHNW)は世界で約42万6000人おり、北米が最大市場(37.8%)となっている。これに欧州(26.2%)、アジア(25.9%)が続く。日本にとって重要なアジア市場は、昨年から11ポイント近く人数が減少したものの、依然として大きな割合を占めている。
観光庁の定義によれば、訪日中に100万円以上消費する旅行者を「高付加価値旅行者」としているが、EYの分析では300万円以上消費する層(Tier1)と100万円以上消費する層(Tier2)でも消費行動に大きな違いがある。Tier1の平均消費単価は約630万円と高額で、貴金属・時計などの高額商品を購入する傾向が強い。
「2019年のコロナ前データでは、日本に来る高付加価値旅行者は約12万人と推計されます。富裕層はランドマークに傾倒するものの、近年はウェルネスや伝統文化・歴史体験への関心が高まっています」と、レポートを担当したEYストラテジー・アンド・コンサルティングの平林知高パートナーは説明する。
ウェルネスツーリズムの成長可能性
レポートが注目するトレンドの一つが「ウェルネスツーリズム」だ。2020年から2022年までの年平均成長率は36.2%、2022年から2027年までの予測成長率も約17%と高く、2027年には市場規模が1400億米ドルに達すると予測されている。
「コロナ禍を経て健康への関心が高まり、特に富裕層は自分自身を見つめ直す体験を求めるようになっています。ウェルネスツーリズムを好む旅行者は一般旅行者より消費額が大きく、米国では国内旅行で175%増、インバウンドでも41%増となっています」(平林氏)
ウェルネスの領域は、医療・健康診断などの肉体的側面から、ヨガやスパ、さらには禅やマインドフルネスなど精神的側面まで幅広い。特に日本は「禅」に代表される精神文化で強みを発揮できる可能性がある。
「海外の富裕層経営者は日本の精神性に注目しています。例えばスティーブ・ジョブズ氏やアリババの馬雲(ジャック・マー)氏なども日本を訪れていました。欧米人にとって日本文化は異質で魅力的であり、特に内面を鍛える精神性に関心が集まっています」と平林氏は述べる。
伝統産業・文化の再評価による新たな価値創造
もう一つの重要領域が「伝統産業・歴史文化」だ。日本の伝統工芸品産業は過去30年で生産額が5分の1、従業員数は4分の1に減少。需要減少と担い手不足の負のサイクルに陥っている。
「伝統産業は中間の部材・材料供給者も減少し、サプライチェーン崩壊の危機にあります。しかし、外国人旅行者は日本の伝統文化に新たな価値を見出しています。例えば着物の帯を壁掛けやテーブルクロスとして使うなど、我々日本人とは異なる視点でその価値を再発見しているのです」(平林氏)
レポートでは、担い手不足の解決策として、外国人が日本の伝統技術を学び継承するという可能性も示唆している。「外国人がブームを作り出すことで、日本人の再評価にもつながり、好循環が生まれる可能性があります」と平林氏は指摘する。
唯一無二性を創出する「ヒト起点」のアプローチ
高付加価値化を実現するために、レポートが提案するのが「ヒト起点」のアプローチだ。これまでのような「コンテンツ起点」ではなく、地域の歴史や文化を深く理解した「ヒト」が価値を提供する仕組みへの転換を訴える。
「たとえば地域ガイドの役割は、単にコンテンツに情報を追加するだけでなく、地域の素材そのものに唯一無二の価値を付与することです。現状では高付加価値層に対応できるガイドは推計で100〜200人程度と限られています」と平林氏は説明する。
レポートでは、「高付加価値化とは体験価値を高めること」と定義し、それを実現するためには二つのアプローチがあると指摘。一つは「素材(コンテンツ)を起点に特別な場所・時間・拝観などで付加価値を付与する方法」、もう一つは「研究者・ガイド・職人・作家など人を起点に価値を創造する方法」だ。
「ヒト起点のアプローチでは、あらゆる地域資源が専門知識を持つ人によって価値が発掘され、参画プレーヤーも無限に広がります。これによって新たな産業創出につながる可能性があるのです」(平林氏)
旅行者の「自分ごと化」による好循環の創出
高付加価値旅行の本質は、単に価値の高いものを消費するだけでなく、その体験を「自分ごと化」して自らの生活やビジネスに活かし、さらに第三者にその価値を伝播させることにある。これにより、日本の価値がさらに高まるという好循環を生み出す。
レポートではこうした価値循環を「リ・ジェネラティブ(再生・創造的)」と表現。「サステナブル(持続可能)はゼロに戻す取り組みですが、それだけでは足りない。プラスの方向に価値を高める『リ・ジェネラティブ』な取り組みが必要です」と平林氏は強調する。
「伝統産業の担い手を増やし、ウェルネスの価値を広げることで、高付加価値ツーリズムは日本社会全体の価値向上につながります。これこそが高付加価値化の本質であり、新しい産業創出の可能性を秘めているのです」
平林氏は、日本のインバウンド消費が年間8.1兆円に達し、2030年の政府目標15兆円を超える可能性があると指摘。「ツーリズムは自動車産業に次ぐ産業になりつつあり、あらゆる産業が外需を取り込む視点で成長できます。特に少子高齢化で内需が減少する日本において、ツーリズムは外需を取り込む重要な産業です」と述べた。
EYストラテジー・アンド・コンサルティングの平林知高パートナー
【kankokeizai.com編集長 江口英一】