前回は平成最後の年を迎えて、この約30年間に旅館業界にからんで起こった大きな変化について概観してみた。今回より再び「独自価値」に話を戻したい。
(9)独自価値づくりにおいて留意したいこと
(イ)収益改善を意識する
独自価値が、収益の改善に寄与するものであるかを検討しよう。いくらそれが価値と思っていても、収益に寄与しないのではあまり意味がない。価値あるものに価値を生ませること、つまり独自価値の「付加価値化」を考えることが大切だ。
具体的には、「その価値」が収益を高める要素のうちの何かを「変える力があるか」をイメージしてみることである…客数増か? 客単価アップか? 粗利率アップか? コスト抑制か?
これを意識するかしないかで、極端な言い方をすれば「独自価値」が経営向上のエンジンとなるか、単に話題性や面白さといった次元にとどまるかの違いが出てくる。経営には貪欲さが必要なのである。
(ロ)自社のアイデンティティとの相性
二つ目は、自社のアイデンティティや事業ドメイン、将来ビジョンに照らして、矛盾がないか考察することである。
独自価値づくりは重要な戦略となるものだが、自社の目指す全体方向とかみ合わないのでは好ましくない。例えば、「自由気ままな宿」として存在を確立しようとしているところに、「手厚いサービス」を取り入れるのはなじまない。こうしたミスマッチは、たとえ良かれと思ったことでも、ムダであるばかりか、損失となる場合もあるので注意しなくてはならない。
(ハ)独自価値の増幅を考える
独自価値は、単独ではなかなか効果を発揮できない。やっていることが自館全体の中で持つ意味を、お客さまにも感じてもらう必要がある。そのためには、その価値を取り囲むいろんな活動をシンクロナイズ(同調)させることを考えたい。
例えば、「夢のようなステキな食事の時の提供」を独自価値とするとしよう。この場合、食事会場のムードを「ステキな」にふさわしい場とするのはむろんだが、食事前の時間の過ごし方や、席へのエスコート、客席での料理人との会話といったことも連動させれば、価値増幅の材料となりそうである。また事前にお客さまの好みの色を伺っておき、その色のテーブルクロスやナプキンを用意してお迎えするなど、どうだろう。
料理の対外的な見せ方にしても、料理全体の紹介は一歩退いて、「夢のようなステキな」を象徴する一品か二品をクローズアップして見せるのが効果的かもしれない。さらに料理そのものよりも、その背景となる「物語」―過去のエピソードや、料理人の思いといったものを中心に打ち出していくことが考えられる。
最も大切なのは、理念・ポリシーとのシンクロ、またそれに伴う社員価値観との共鳴だ。これなしには、たとえどんなに素晴らしい独自価値でも、狙いを実現するのは難しい。
独自価値は、商売のエンジンになると同時に、社員の求心力やモチベーション源泉にもなり得るものだ。そして社員の共鳴度が高まれば、独自価値のポテンシャルもそれだけ高まるはずなのである。
(株式会社リョケン代表取締役社長)