「北海道・北東北の縄文遺跡群」は2021年7月に世界文化遺産として正式に登録された。世界遺産登録を記念する特別展「北の縄文世界と国宝」が7月22日から10月1日まで、北海道博物館(札幌市厚別区)で開催されている。世界各地の先史文化とは異なり、縄文文化は約1万年にわたって採集・漁労・狩猟を基盤とする定住生活を実現した稀有(けう)な文化だ。特に北海道・北東北の縄文遺跡群は日本を代表する大規模集落群「三内丸山遺跡」をはじめ、4道県(北海道、青森、岩手、秋田)の17の構成資産から成っており、特有の文化を繁栄させた。
特別展は四つの柱立てで構成されている。(1)「縄文:その心と美」は『感じる』をテーマにして、土偶・岩偶・土面などの祈りに関係した道具、精緻な文様が施された土器などを通して、縄文時代の人々の心や美を体感してもらう(2)「世界遺産北海道・北東北の縄文遺跡群の価値」は『知る』をテーマにして、その顕著な普遍的価値を紹介する(3)「世界遺産とは」は『学ぶ』をテーマにして、世界遺産条約とその意義を紹介するとともに、世界遺産の理念や縄文遺跡群の現代的意義について展示(4)「縄文文化を未来へ」は『伝える』をテーマにして、縄文遺跡群や縄文文化を未来へ伝えていく活動(地域住民の参画による発掘調査や普及・保全・啓発、縄文グッズ製作やイベント開催など)を紹介し、今後の縄文遺跡群の保全と活用のあり方を多面的に展示。
今回の特別展では、数多くの国宝や重要文化財が展示されている。国宝としては、中空土偶(函館市)、黒曜石製石器(北海道遠軽町)、縄文の女神(山形県舟形町)、火焔(かえん)型土器(新潟県十日町市)、縄文のビーナス(長野県茅野市)、仮面の女神(長野県茅野市)など(ただし国宝の実物展示は個々に期間限定なので要注意)。その他、重要文化財の土器、土偶、岩偶、土版、板状土偶、鹿角製櫛(ろっかくせいくし)などは常時多数展示されている。
「芸術は爆発だ」で有名な前衛芸術家の岡本太郎氏(1996年没)は、フランス遊学から帰国後の51年に東京国立博物館で縄文火焔型土器を見て「心身がひっくり返る衝撃」を受けている。岡本氏は「伝統的な日本の美」とは異質な「縄文の美」に衝撃を受け、縄文土器を通して縄文人の世界観を読み解こうとした。岡本氏は縄文火焔型土器を通して「心眼(物事を見分ける鋭い心の働き)」によって「縄文の美」を見いだしたのかもしれない。やはり国民の宝物である国宝は鑑賞する人の心を強く引きつける魅力が秘められている。
「北海道・北東北の縄文遺跡群」は権力者のために造られた壮麗な建造物とは異なり、竪穴建物や墓などの痕跡が地中にあるだけだ。されど、遺跡群で発掘されたさまざまな遺物を通して、「自然との共生のあり方」や「命ある全てを尊ぶ心」などを学ぶことができる。現代世界では自然破壊や貧富格差が厳しく批判され、近代文明の功罪が問題視されている。1万年以上にわたって自然と共生しながら、安定的な暮らしを維持し、平和に生きてきた縄文人のライフスタイルから学べることが数多くある。各地の縄文遺跡群を巡るツアーも企画されており、ぜひとも参加してもらいたい。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)