日本が世界遺産登録されて30年。初期に登録されたのは法隆寺、姫路城、屋久島、白神山地である。この四つのうち、とかく忘れられがちなのが白神山地ではないだろうか。ここは東アジア最大のブナ天然林が残るエリア。植物、動物ともに貴重な種が多く生息し、ブナ林の生態系をよく見られるという点で評価されている。
1972年のユネスコ総会で世界遺産条約が採択され、文化遺産、自然遺産の登録制度がスタートした中で、日本においては、この動きは後発的なものであった。青森・秋田県境に位置する白神山地では、1980年代初めから林野庁がブナ林の中心エリアを通す広域基幹林道(青秋林道)の建設を始めていた。しかし、地元住民や登山愛好家らが中心となり「白神山地のブナ原生林を守る会」が発足し、「自然保護」を目的として林道反対運動を展開した。この限られたブナ林を遺すための方法として、世界遺産登録が盛り上がり、最終的に登録に結び付いたという背景がある。
当初の目的は30年たった現在、達成されていると考えられるが、いくつか課題が残っているように感じている。「屋久島環境文化財団」「知床財団」等と比較しての推進母体の弱さ、縄文杉、ヒグマ等に代表される象徴的な対象の不足。また、世界遺産エリアの入山者数は年間で2万人程度とされる地域波及効果の弱さ、自然ばかり注目されて見逃されがちなマタギ文化等があげられるだろう。
特に、文化性に関して注目してみたい。青森かいわいは、世界文化遺産である三内丸山遺跡をはじめとする縄文文化が根付いていた国内を代表するような場所でもある。約1万年以上前から縄文人がここで自然と共生してきた生活様式が、現代においてもマタギ文化として受け継がれていることは大きな価値である。マタギ文化は自然と人間が共存することで成り立っている。嫉妬深い醜女とされる山の神様を敬い、熊の狩猟は春先の限られた期間で行い、時季ごとの自然の恵みを程よいバランスの中で享受するといった興味深い大きな魅力がある。白神マタギ舎という、文化も含めたその伝承に取り組む母体を通してその魅力を知ることができるが、その動きがさらに広がり、全体としての大きな活動になっていくことができれば、より大きな知恵に変わっていくに違いない。
二つの世界遺産がある青森においてこの共通の価値を再定義して、地域への循環モデルを構築することができれば、地域全体がよりよい形で進化していけるに違いない。自然保護という当初の大きな目的が成し遂げられた今、文化保全という側面からの取り組みも加速していくことを期待したい。
(地域ブランディング研究所代表取締役)