岩手県北部沿岸の田野畑村。美しい海と海岸線に恵まれ、農林水産業に加えて、観光を基幹産業に育ててきた。東日本大震災では津波に襲われた。宿泊施設などの一部も被害を受け、旅行者の客足は遠のいたが、村の観光の象徴、サッパ船によるクルーズが7月29日に再開された。
サッパ船はウニやアワビの漁に使う磯舟。クルーズでは漁師の操船で海蝕洞窟をくぐり、断崖絶壁に近づく。スリル満点と人気だ。観光に使っていた船は津波で6隻を失い、2隻になったが、青森県東通村の岩屋漁協が中古船を手配してくれた。今年1月、同漁協の関係者が田野畑を訪れ、体験型観光などを視察した縁からだった。
村役場政策推進課復興対策室の渡辺謙克氏は「漁に使う漁船さえ十分確保できない中で、地元漁師の理解と、岩屋漁協をはじめとする全国からの支援に後押しされた。サッパ船を復興の旗頭にしたい。美しい海と復興に取り組む田野畑をサッパ船から感じてもらいたい」と語った。
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県沿岸部を走る三陸鉄道は、南リアス線が全線で運休、北リアス線が一部で運行を続けている。1984年4月に旧国鉄から路線を引き継ぎ、全国初の第3セクター鉄道として開業。以来、地域に支えられてきた。津波で線路を流されるなど被害は大きいが、復興計画を掲げ、2014年4月の全線再開を目指す。
入社2年目、北リアス線運行部アテンダントの中村志帆さんは、7月23日、埼玉県さいたま市のJR大宮駅で開かれた観光PRイベントに参加した。震災後初めての誘客活動。中村さんは「三陸鉄道の合言葉は『笑顔をつなぐ、ずっと』。乗務でも、窓口でも笑顔を心がけている。地域の皆さんを笑顔にし、全国の皆さんにも沿線の美しい海を見てもらえるようにしたい」と話した。
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陸中海岸国立公園で屈指の景勝地、宮古市の浄土ヶ浜。津波の被害を受け、沿岸の観光施設も被災した。例年なら観光客でにぎわうシーズンだが、今年の夏は復旧、復興のインフラ整備が進む。その中、7月16日には津波の難を逃れた観光遊覧船が運行を再開した。観光の再興に一歩を踏み出している。
宮古観光協会の澤田克司会長(宮古ホテル沢田屋社長)は「インフラの復旧が先決となるが、観光の再興に向けて少しずつ歩みを進めたい。震災を契機として新たな観光地づくりに取り組もうと考えている。災害に強く、外国人にも対応した観光のハード、ソフトを再構築したい」と語った。
あらゆる復興には政府の支援策が求められている。澤田会長は、県旅館ホテル生活衛生同業組合の理事長も務めている。「宿泊施設などの再建には二重債務の問題がある。施設の大小を問わず、既存債務が足かせ。要件や手続きを簡略化した融資制度を思い切って組んでほしい」と訴えた。
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震災発生後、県観光協会は、「つなげる・つながる・まごころ運動」をスタートさせた。観光関連の事業者が売り上げの一部を被災地への義援金に充てる運動だ。被災した事業者も、売り上げが落ち込む事業者も参加し、宿泊・観光施設、飲食店など約60軒に活動の輪が広がっている。
県観光協会の佐藤義正理事長(南部湯守の宿大観社長)は「復興という大きな課題に直面し、観光関係者の結束が強まった。震災で地域の経済、雇用がしぼむ中、観光の重要性を広く理解してもらう機会でもある。平泉の世界遺産登録という明るいニュースもあり、観光で岩手県の復興、東北の復興を押し進めたい」と語った。
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東日本大震災の発生から約5カ月。未曾有の被害を乗り越え、被災地では観光の復興に動き出している。特に被害が大きかった岩手県、宮城県、福島県の観光関係者たちの思いを伝える。